七章


 
「……うぅぅ〜っ……」

 窓から差し込む朝日に顔面を照らされて、廉崎京(れんざききょうは目を覚ました。大きく伸びをし、体をぼきぼきとほぐしていく。立ち上がって布団を畳み、傍にある水を見て微苦笑を漏らす。

 どうやら、今回は悪夢を見なかったらしい。見なかったからといって現実が変わるわけでもないが、とりあえずの安眠は結構大きい。

 さてと、どうやって行動しようかな――二十六日と書かれたデジタル式の腕時計に一瞥をくれ、京は行動の予定を立てる。

 ほとんど着の身着のままで飛び出してきた彼にとって、所持金の残りは死活問題だ。とりあえず、この町には五日間の宿泊予約を入れておいた。財布は痛いどころの話ではなく既に底を突きかかっているが、準備も整えずに餓死でもしたら笑えない。そんなことをしようものなら、あの世であいつに嫌われるだろう。

 仕事はしたいが、継続的な勤務をするにはたとえアルバイトでも住所の提示やらなにやらと面倒な作業がごちゃごちゃしている。もちろん、日雇い程度の仕事でも確認を求められる所はあるだろうが、何も公的書類まで出せとは言われないはずだ。事実上放浪している京が出来る仕事といえば、今のところこれくらいが精々だろう。

 まあ、何はともあれ、まずは朝飯でも食おうかな――減った腹に苦笑を漏らし、京は部屋の外に出る。

 ……と、目の前に見知らぬ少女が立っていた。

「おはようございます、廉崎京さん」
「あん?」

 いきなり名前を呼ばれ、京は軽く眉根を寄せる。服装は巫女服。肩までの髪と、アクセントを添える鈴飾り。そこそこ整った顔立ちの少女であるが、こんな奴と知り合いになんかなったっけな――内心首を傾げる京だったが、少女はそんな彼の前に、一枚の符を差し出してきた。

「横を向いてください」
「は?」

 いきなりの端的な要望であるが、京は軽く身構える。見知らぬ人に横を向けといきなり言われて、おいそれと向く馬鹿はこの世には――少なくとも、この世界にはいない。だが少女は京が向く様子がないと見るや否や、ますます強い口調で言った。

「横を向いてください。私が貴方の名前を知っていることも分かるでしょうし、神に誓って絶対に危害は加えません」
「……なんだって言うんですか」

 巫女服の少女に言われると、なんというか妙な説得力がある。馬鹿みたいではあると思いながらも、京はおそるおそる横を向いた。と、二本の指がこめかみに当てられ、何かが高速で流れ込む。

「うぐあぁっ!?」

 バギイィ、と脳内で何かがはじける音がして、京は思わずうずくまる。しかしすぐに立ち上がり、氷の刃を生み出した。少女は大慌てで飛び退いて、わたわたと静止の声を上げる。

「ま、待ってください!」
「待っても何もあるか! 危害加えねえって言っておきながら、思いっきりやってくれたじゃねえ……、か……?」

 罵声を飛ばした勢いのまま氷の刃を叩き込みかけるが、その拍子に鳴った鈴の音に京は攻撃を思いとどまる。よくよく顔を見てみると、そういえばその顔には見覚えがあった。

「……奈央、さん?」
「思い出したようで何よりです。危うく、斬られてしまう所でした」
「…………あああっ!」

 その微笑みに、京は全てを思い出した。かつて、この三日間がループしていることに気付いたこと。少女・神楽川奈央と協力し、そのループの調査をしたこと。確か昨日、マッチョレス・田中をぶっ倒して、そのまま警察に引き渡して――

「ああああ、畜生っ!」

 先ほど見た腕時計の日付を思い出して、京は壁を殴りつけた。なんでだ。なんで二十六日に戻ってやがる。時計塔の暴走は、しっかり止めたはずだろう。なのに、どうしてこんな結果に――

「唸るのも怒るのも、とりあえずは後です。神社……には、わざわざ行く必要もありませんか。そのお部屋、机と椅子ぐらいはありますよね?」
「そりゃ、ありますけどね……ちょっと待っててください、コーヒーぐらいなら買ってきます」
「ああ、いえ、お気遣いなく」

 お気遣いなくと言われても、個人的に事情を整理する時間は欲しい。ついでに、奈央の家に招かれた時には茶を頂いたというのに、自分だけ何もないというのはどうなんだ。そんな事を考えて、京はすぐ帰ってきますからと言い残すと近くの自動販売機まで早歩きで移動する。

 コーヒーとお茶を購入し、そのまま部屋へととんぼ返り。戻ってみると、奈央は律儀に部屋の入り口で待っていた。苦笑して部屋の中に招き入れ、片方の椅子を勧めてやる。寝心地が目的だったとはいえ、貧乏を押してそれなりの部屋に泊まったのだ、テーブルセットもなかったらそれこそこの宿は詐欺である。

「コーヒーとお茶、どっちがいいですか?」
「あ、どちらでも……」
「じゃ俺、コーヒー貰いますわ」

 遠慮する奈央にお茶を渡し、自分もコーヒーを一口飲む。奈央はしばらく戸惑っていたようだったが、やがて頂きますとお茶を飲んだ。小さな音を立てて缶を置き、京は大きなため息をつく。

「それで、です」

 その言葉で、空気は変わる。

「……今度こそ、王手だと思ったんですけどね……」

 呻きにも近い京の声だが、奈央も恐らく同様だろう。さすがにあの時計塔が全ての原因で、暴走したらしき術式も解除され、ループも終わってハッピーエンドという展開はいくらなんでも虫がよすぎたのかもしれないが、気がついてみたら記憶まで失っての再ループ。好転どころか悪くなっていく事態には、正直苛立ちを隠せなかった。

 だがそれでも一つ、収穫となるのは――

「……田中か」

 そう。あの筋トレ馬鹿にして、繰り返しを知っていた人間、マッチョレス・田中。話など聞かず、状況判断から黒幕として打ち倒したが――

「……多分、あの男に全てを聞き出す必要がありますね」
「……ええ」

 その男が持っているカードが、紙切れ一枚かジョーカーたりえるか。その裁定は彼に会い、話を聞いてからだろう。

 もしも彼が黒幕だとしても、まだこの町にいるはずだ。そうでなければ、わざわざ彼らの記憶まで操作する必要はないからである。

 

 

 

「……おお、いたいた」

 その日の昼、公園を訪れた京の第一声がそれである。そこには何事もなかったかのように、懸垂を繰り返す田中の姿。いつもといえばいつもすぎる、そこだけ切り取れば素晴らしい平和の光景だった。

 田中は視線に気づいたのだろう、振り返ると二人を見つけ、やあと気さくに手を挙げた。

「僕の名前は、マッチョレス・田中!」
「…………ああ。俺、廉崎京」

 最初に聞いたときとまったく同じく、そのまま突っ込みかけた二人だったが、すんでのところで踏みとどまる。京の自己紹介を聞いた田中はすかさず筋肉を強調し、鍛え上げられた肉体を見せるマッスルポーズ。

「さあ二人とも、僕と一緒に筋トレしないかい?」
「……後にしてくれ」

 なんかいつも通りな田中に軽くげっそりしつつ、京は奈央に視線を向ける。奈央も同感だったらしく、軽く眉を顰めながら田中に向かってお願いした。

「田中さん。横を向いていただけますか?」
「む、横か? それはいいが、どうしてだ?」
「そうするだけで筋肉に神々の祝福が」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 言い終わる前に、田中は横を向いていた。頭の中まで筋肉で出来ている人間っていたんだと京が地味に納得する横で、奈央はその眉をますます寄せる。次の瞬間、悲鳴と共に田中は頭を抱えて転げた。それを見て、京は思わず奈央に聞く。

「奈央さん、もしかして……」
「ええ。私たちと同様、記憶封印の術式がありました」
「……なんですって?」

 田中が黒幕ならまずありえないはずの結果に、京は思わず聞き返す。と、そんな京の前で、田中は体のばねと筋肉を使い、ばっと起き上がって身構えてきた。

「いきなり何を……む?」

 最初の怒号は、とりあえず京達も気にしない。痛みを与えられれば当然の反応だし、現に京もそうだった。ただ少しだけ距離をとり、問答無用で殴り倒されないようにだけはする。田中はそのまま怒りの拳を振り上げかけるが、その直前で気付いたようだ。

「……おお、廉崎。それに神楽川ではないか」
「よう、田中。とりあえずは、思い出したようでなによりだ」

 唇の端を吊り上げて、京が苦笑に近い笑みを漏らす。何故か京達と同じく、記憶を封印する術式がかかっていたらしいが、それが解除された今、用件は言わなくても分かっているだろう。とりあえず筋トレは後回しにして、京は素早く切り出した。

「早速で悪いが、どこまで知っているかを教えて欲しい。でもその前に、前回問答無用で殴り倒しちまったことについては謝らせてくれ」
「いや、仕方がないさ。立場が逆だったら、僕だってそうしていただろう。ループもしたし、傷も完全回復さ。もうそんなことも気にせずに、レッツ筋肉――」
「そう言ってくれると助かる。後すまんが、筋肉は関係ないからな」

 体を鍛える人らしいフレッシュな物言いに、京も自然と笑みが漏れる。ついでに突っ込みも律儀に入れて、再び表情を引き締めた。

「前回は状況が状況だったからまあ、さっきも言ったように問答無用で倒してしまったわけなんだけど……事ここにいたって、そっちの話も聞く必要が出てきたんだ」
「なるほど」
「まあそんなわけで、最初の質問に立ち返ってくる。――田中、お前は一体、このループの何を知っているんだ?」
「…………」

 京の質問を受けて、田中はすっと目を閉ざし――

「……そうだな。最初から、順を追って話そうか」

 いつにない真剣な表情で、話し始めた。

 

 

 

「結論から言おう。この三日間の繰り返しは、市長の『願い』が引き起こしたものだ」
「『願い』?」
「ああ。ここの市長には、一人の息子さんがいるんだ。知らなかったかい?」
「……そういえば、聞いたことがあるな」

 一番最初に市長と話をした時に、確かそんな話を聞いた。オーロラが好きで、そのために親である市長は時計塔の頂上にオーロラを模した怪しい色付けをしたデカイしゃちほこを置いたとかいう。

「やっぱりか……」
「え?」

 その話を聞いて、京はうぅんと思慮深げに唸る。聞き返す奈央に、京は地面を蹴り倒すようにして立ち上がった。

「やっぱりあのしゃちほこが全ての元凶だったんだな!」
「違いますってば!」

 今度は拳で突っ込みが入った。イイ感じにみぞおちに決まり、「おおおお……」とか言いながら崩れ落ちていく京に、田中はいきなり真剣な表情を崩される。

「……続けていいかい?」
「ええ、どうぞ」

 頭を抱える奈央に同情するような視線を返し、田中は話を再開する。

「それで、あの市長は元々とある財界の人で、サファイアの流通をこの町に通したことで町の経済を潤して、一躍有名人物となったんだ」
「へえぇ……」

 市長の『願い』。サファイアの流通を通したこと。それらのいずれも、彼らにとっては新しい情報だった。調べれば当然分かっただろうが、市長のこれまでの功績は特に調べていなかったのだ。

「だが……これは人づてに聞いた話だが、市長の息子さんは非常に厄介な病に感染してしまったらしい。初期であれば気付けたのだが、市長は仕事に追われ続けていて、気がついたらもう手遅れの状態だったそうだ」
「……まさか……」
「そういうことだ。市長は当然、後悔しただろう。そして、市長クラスの仕事に携わるということは、いわゆるオカルトの情報もある程度は知っていかざるを得ない。おそらく市長は、藁にもすがる思いで魔術体系を調べ、息子さんのために何かの魔術をかけたのだろう」
「…………!」

 その言葉に、奈央がまともに顔色を変えた。抱いていた違和感の種に、ようやく気づくことができたのだろう。そして京も、断定こそできなかったが、大体察しがついてしまった。

 市長は時計塔にかけられた魔術が、街の発展を願うまじない程度のものであると言っていた。しかし実際に術式を見てみると、それがまじない程度のものにはどうしても思えなかったのだ。とはいえ、京は直接的な戦闘能力にこそ優れていれど、何かにかけたりする術式関連の知識は実はそこまで詳しくない。そのため、そういった術式もあったのだろう程度に考えていたのだが……なんのことはない、実際にそれは、まじない程度の簡単な術式ではなかったのだ。

 京ですら違和感を覚えたのだから、術式に詳しい奈央の違和感はさらに大きなものだっただろう。無論、わざわざ市長が嘘をつく必要も考えられない。だが、今までの情報を踏まえると、答えは火を見るより明らかだ。

 ――時計塔を『暴走』させたのが、あの市長本人だったら?

「……あんの野郎!」

 全てのピースが合わさって、京は誰へともなく頭を抱えて怒鳴りつける。そこへ奈央が、話は最後まで聞きましょうと落ち着いた声で京を止めた。静止をかけられて、京は悪いと頷くと再び石段に座り直す。

「それで、実際にそういった術式を構築したのが市長だということは分かったが、なんでわざわざ三日間だけを戻す術式をかけたんだ? どうせなら、病に感染しないほど昔に戻せばいいと思うが」
「単純に、力が足りなかったんだと思うよ。知っての通り、時を戻すような時間関連の術法には、並の魔術など比較にならないくらい高位の術式が必要になる。そしてそれは、当然ながら人間一人の力で起こせるものではなく、同じく非常に高位の存在を召喚するしか方法はないんだ」
「……だろうな」

 人の力のみで起こせる魔術には、おのずから限界というものがある。努力云々では補えない、人そのものの「性能(スペック」の問題だ。人に過ぎない器では、呼び寄せて操れるものはいわゆる地水火風(ちすいかふうの四大元素や低級悪魔など、霊的存在のヒエラルキーにおける下位に位置するものが精一杯だ。

 対して、存在、時間、空間そのもの。あるいは神々や守護天使など、霊的存在の上位に位置するものは人たる器では荷が重すぎる。それら高位の存在を操ろうと思うのならば、同じくらい高位の存在を召喚して呼び寄せ、己の思うように操ってくれることを「願う」必要がある。勿論、こちらの場合は人が呼び寄せこそするものの、相手側の方が圧倒的に霊的存在の格が高いため、応じないということも当然出来るし、召喚した人間ごときの思うように力を使う必要も無い。そのため、召喚術が成功する確率はそう高くないし、召喚してもその代償を数多く要求されることも往々にしてあるわけである。

「多分だけど、呼び寄せたのはそう力の高くない中級悪魔程度だと思うよ。能力の壮大さの割に術式にかけた範囲が狭いし、戻す時間も三日間と中途半端だ。代償もそう多いものではなかったしね」
「代償?」
「考えた事はないか? 時計塔の術式が、実際はどういった術式なのか」
「それは、もちろんあるが……知っているのか?」
「一応ね」
「聞かせてくれ」

 相当重要なことのはずだが、田中はサラッと言ってのけた。当然ながら、聞きださない理由はない。田中も隠すつもりはないらしく、一つ頷いて言葉を続けた。

「とりあえず、この町に張られた術式は、この三日間を繰り返すというものだ。で、内容としては三日目が終わったら一日目に時間が巻き戻る。これはいいかな?」
「ああ、大丈夫だ」
「ええ、問題ありません」
「だが、ここで注意して欲しいのが、時間が巻き戻るということは、人々の状態も巻き戻るということだ」
「人々の状態も、巻き戻る……」
「つまり、どんな状況にあっても、肉体は一日目に逆戻りするいうことになる。極端な話、二日目で再起不能なほどの大怪我を負ったとしても、ループすれば一日目の状態まで戻るということになる。今はもう何十ループもしているが、僕は最大でも三日分の筋トレ成果しか出ていないんだ」
「ああ、なるほど。分かった、続けてくれ」
「体のエネルギーは、肉体エネルギーと精神エネルギーに分けられる。荷物運びで言えば実際に荷物を運ぶのが肉体エネルギー、そうしようと思うのが精神エネルギーだね。あの時計塔にかけられた術式は、その精神エネルギーをほんの一部だけ吸い取って、どこかに送っているらしい。これはあくまで僕の推測でしかないが、そうやって吸い取った人々のエネルギーを代償として、市長は悪魔の力を借りているのではないかと考えている」

 ほんの一部だけしか吸い取らなかったのは、全部吸い取ってしまえば全気力が消え果ててしまい、新たな行動を起こそうとする気も失せてしまうからだろうか。うつ病に近い状況になると考えてもいいかもしれない。とはいえ、一つの市にいる全ての人間から、一人頭の量はほんの一部だけとはいえ、全て合わせれば凄い量になるだろう……とは思われるが、悪魔にしてみれば大した量ではないというのは、どんな理屈で語るよりも雄弁に歴史が語っている。その程度で力を貸し続けるような悪魔なら、持っている力と合わせて考えれば確かに中級程度が限度だろう。

 もちろん、田中の言った通りこれらは全て憶測だ。市長が証明しない限り確定事項となることはなく、当然ながら市長がそれを認めることもないだろう。

「ってことは、市長の言っていた時計塔の暴走を止めるために純度の高いサファイアが必要だって話も……」
「多分、真っ赤な嘘だろうね。そうやってかぎつけた人のために、市長はおそらく時計塔を最初からああいう状態にしたんだろう。そして実際にたずねられたらサファイアが必要だと言って調査させる。ところがそのサファイアは運ばれてくる船と港ごと、既に市長の手先によって壊滅してしまっているという寸法さ」
「……やっぱり知っていやがったか」
「そりゃあまあ、何ループもしたからね。港も一体、何回壊滅したんだろうね?」
「笑っている場合か」

 田中の軽口を、京は冷たく切り捨てた。

 つまり市長は、二重の手を打っていたのだ。ループを見破られることと自分に辿り着かれることを予期して、サファイアが必要だと言いながらそのサファイアが運ばれてくる港に使い魔を放って。

 港がそのまま壊滅すれば、何の問題もなく。仮にサファイアを入手されたとしても、暴走を止めるためと偽ってサファイアを媒介にしてなにかやっている振りをするだけでいい。時計塔を作ったのが他ならぬ市長ということも合わせて考えれば、傍からは真面目に時計塔と向き合っているように見えるだろう。後はここまでやってきた功労者に、記憶封印の術式でもかけてループさせてしまえばいい。

 効果は見ての通り。どちらに転んでも、本当の狙いは分かることはなく。ループを見破り突破しようとした人間は、逆に手の上で踊らされる。

 京と奈央も、例外ではなく。完全に、市長の手の上で踊っていたことになる。

「舐めた真似してくれるじゃねえかよ……覚悟は出来たんだろうな」

 灼熱の吐息を長々と漏らし、京は低く唸り声を上げる。こうまでくれば、どうしてこのタイミングでループが発生したのかも、もはや考えるまでもなかった。

 神楽川奈央の父親は、彼女よりも腕の高い陰陽師だったそうだ。魔術関連の、『裏』の事情を調べた市長が、神楽川家を調べなかったはずがない。たちの悪い偶然だなんて思ってはいたが――なんのことはない、父親が別の町に赴いた隙を突いて、市長は結界を張ったのだ。奈央のアポイントが取れなかったのも、本当に多忙だったからかもしれないが、それ以上に彼女が神楽川の術者だったから。

 彼にとっての誤算は、ちょうどそのタイミングで京がこの市に来てしまったこと。今はまだ想定外程度のレベルだろうが、絶対に誤算に変えてやる。京は鋭い怒りを持って、市の中心を睨み据える。

 だがその前に、最後に気になったことがあった。

「だが田中、最後に一つ聞いてもいいか?」
「なんだい?」
「そこまで知っていながら……何故、このループを突破しようとしなかったんだ? 市長の仲間だったというならまだ分かるが、見た感じお前も記憶を封印されたらしいからな。最後の最後で、切られたということか?」
「いや、違う。僕はそもそも、市長の仲間なんかではないのさ」
「なんだって? なら、なんでお前――」
「だって三日間が繰り返されていれば、僕は健康な体のまま、いつまでも楽しく筋トレが――」
「死ねっ!」

 バキッ

「おごっ!」

)
 
 

 

 

 

 

六章へ

目次へ

八章へ

 

inserted by FC2 system