十八話


――――――――――――――――――――――――


「おう、あった! あれがロンデ村だな!」

 あの後、鳥みたいな魔物に一回襲われはしたものの、セナの必殺エクレール・バルで撃墜して終了という、俺らはまったく苦労しないで済んだ戦いを経て。陽が少しだけ傾き始めたころ、俺らは目的地であるロンデ村へと到着していた。

「ミミィ、運び屋の目的地は?」
「イズラストという家の、サイザルさんという方がお届け先のようですね。集合住宅『修羅場になり荘』の三階に住んでいらっしゃるようです」
「……この規模の村に集合住宅があることに突っ込むべきか、その集合住宅のネーミングセンスに突っ込むべきか……」

 時間はまだそれなりにあるので、とりあえずはさっさと運び屋の依頼を済ませてしまうことにする。個人から個人への運び屋は決して珍しいことではなく、報酬も大したものではない。しかし、町から町へと渡り歩く冒険者には、ちょうどよい小金稼ぎとしても使われていた。

 村の人に『修羅場になり荘』の場所を教えてもらい、荷物を持ってその中へ。どしんばたんという音とともに泥棒猫やら雌狐やら聞こえてくる部屋の前を通り過ぎ(いろいろ大変なんだろう)、目的の場所へたどり着いてノックをする。意外と誰もいなくて受け渡しに手間取るということがまれにあるが、今回はそんなことはなかったらしい。「はーい」という声とともに、扉が開いて女の人が顔を出す。年は大体ミミィと同じくらいだろう、若くてきれいな女の人。

「…………」

 一瞬、見とれた。

「――いっだあぁぁーーーーっ!!」

 横にいたセナが、足を踏んだ。

「と・お・や・さ〜ん?」
「あぎゃあぁあっ!? 千切れる、千切れる千切れる、ぐあぁ、ついでに潰れるーーーーーーっ!!」

 続けざまに、後ろにいたミミィが耳たぶを思い切り捻くり上げた。さらに、セナは右足の小指辺りを踵でぐりぐりやっており、これがまた死ぬほど痛い。

 じたばたと暴れることでようやく開放してもらい、激痛を訴える足と耳を庇いながら、既に引き気味になった女の人に荷物を差し出す。

「……す、すみません。えーっと、運び屋の依頼で、これをサイザルさんに届けに来た者なのですけれど、その、覚えってありますか?」
「え、ええ、ございますよ。少々、お待ちくださいね」

 女の人は(やっぱり引き気味だったが)会釈をすると、家の中へと戻っている。しばらくしてから出てくると、その手には幾ばくかの金銭が握られていた。

「こちらが、運び屋の方がいらっしゃったときに、渡すようにと言われていた謝礼です。ご確認ください」
「はい、えーっと……」

 銀貨三枚、銅貨五枚。おっけ、問題ない。依頼通りの金があったことを伝え、荷物と引き換えにそれを受け取る。それでは、これで。立ち去ろうとした俺たちを、女の人は呼び止めた。

「ああ、ちょっと待ってくださる?」
「はい?」
「実は、少々お願いがあるのだけれど。これから私、少しだけ用事を済ませに家を出なければならないのよ」
「はあ」
「そう遅くならないうちに帰ってくるつもりだけれど、子供がまだ寝ているのよ。ハイハイができるようになったばっかりだから、一人にしておくのは不安なの。よかったら、私が戻ってくるまで、子供を見ていてくださるかしら?」
「……あの、そんなこと頼んでいいんですか?」

 少々、無警戒すぎやしないだろうか。聞き返した俺に、女の人はくすりと笑う。

「もちろん、正規の依頼としてお願いするわ。冒険者は正当な報酬さえあれば、その仕事を全うする人たちでしょう?」

 二時間ほどで戻ってくるけど、銀貨一枚でどうかしら。そんな言葉に、返す返事はもちろんのこと

「かしこまりました。お受けしましょう」

 だった。

 ちなみにその後、セナとミミィに、またしても足を踏まれて耳を捻られることになったんだが……

 セナはともかく、なんでミミィまで怒るんだよ。ちくしょう。

 

 

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 暇である。

 どうしようもなく、暇である。

 目の前には、すやすやと穏やかな寝息を立てる、赤ん坊が一人。服装から考えて、女の子みたいだ。

 しかし、二時間ぼけーっとしているだけで銀貨一枚がもらえるというのは、はっきり言ってかなりでかい。夕食代の半分ちょっとにしかならないが、費用対効果は抜群だ。

 プライベートは遵守して、家の中のものには手を触れるなとの事だったが、これは当たり前の話だろう。一応ミルクは例外だそうだが、そのあたりはきっちり守る。

「…………」

 ほけーっと待つこと一時間ちょい、赤子が動いて目を覚ます。しばらくぼーっとしていたようだが、辺りをきょろきょろ見渡した。

 ところで、泣きやしないだろうな。

 父親も母親もいないうえ、見知らぬ男女が四人もいる。さらに、内一人はえらく厳しい顔をしているわけで、赤ん坊が見たら夢にでも出そうな顔である。

 ……が。

「……たー」

 幸か不幸か、人見知りはしないタイプの子だったらしい。四つんばいになってハイハイすると、なんとゴーズに寄っていく。瞑想中のゴーズのひざの上に這い上がり、無精ひげを引っ張ったり、ぺちぺちと顔をたたいたり。

「あ、あの赤ちゃん、最強ですね……」
「た、確かに……」

 なんか随分久しぶりに女性陣の意見が一致したように思えるが、かくいう俺も同感である。あの赤ちゃん、もしかして将来スゴイ大物になるんじゃないだろうか。

 ちなみにゴーズは、眉の一本も動かしていない。それはそれで大したものだが、少しは反応してやれよ。

「……うー」

 そのうち無反応に飽きたのだろう。赤ん坊はゴーズから降りてくる。それから、向かってきた先は……

「え、俺?」
「たー」

 這ってきて、膝の上に乗ってきて。顎を引っ張ったり、ぺちぺちと頬を叩いたり。ゴーズのときと同じ行動に見えるけど、コイツは人を一体なんだと思ってるんだ。別に、俺の子じゃないからいいんだが。

「うりゃ」

 とはいえ、赤ん坊のあやし方なんて知らないので、とりあえず思い切り持ち上げてみる。あ、笑った。膝に下ろすと、赤ん坊は頬を引っ張ってくる。

「んべー」

 変な声を出してみると、やっぱりけらけらと笑ってくれる。箸が転んでもおかしい年頃なのだろうか。さらに引っ張ってくれたので、今度は舌を出してみた。

「うべー」

 こ、このノリであの人が帰ってくるまで乗り切るか? 手を離されたので、今度はその子の頭の上に顎を置いてみたりして。

「……うー……」
「……あ?」

 ――と。

 横から、でっかい呻き声が聞こえてきた。見ると、セナが頬を膨らませている。

「……なにやってんだ、お前」
「……なんでもない」

 なんでもないって、明らかに不機嫌そうな顔してるけど……

 ……ああ、なるほど。

 にぃっと意地の悪い笑みを浮かべて、からかうように言ってやる。

「お前、ヤキモチ妬いてんのか」
「うー!」

 一応この子も女の子なわけで。とはいえあんた、まだ立つことも出来ないような、男も女も大差のないような生命体に妬くんじゃない。

「ほら、おいで」

 手招きをすると、セナは隣に座ってきた。赤ん坊を抱き上げて、セナにそっと手渡してやる。セナは慎重に受け取ると、俺は開いた手でセナの頭を撫でてやった。赤ん坊を抱いてやると、セナも少し険が取れた表情になる。

 やれやれ、まったく、可愛いヤキモチ妬きやがって。思わず苦笑が漏れるものの、そこまで愛されているとなれば嬉しいやら嬉しいやら。まあ、要するに嬉しいのだが。

 ……と、思わずニヤついた俺の前で、ミミィがすくりと立ち上がった。顔は伏せられており、ここからでは表情は読みにくい。

「……すみません。ちょっと、失礼します」
「へ?」

 体調でも悪いのだろうか。低くなった声と共に、ミミィは足早に部屋を後にしてしまった。


――――――――――――――――――――――――


 ――妬ましい。

 嫉ましい、妬ましい、嫉ましいッ!!

 あの奴隷が馬鹿みたいな嫉妬をして、トウヤさんの隣に擦り寄ったとき。トウヤさんは抱いていた赤ん坊を渡して、セナと笑い合っていた。

 嫉ましい妬ましい、妬ましい嫉ましいねたましいぃッ!!

 何かをぶん殴らなかったのは、まさしく奇跡といってよかった。もう一度あのおぞましい光景を目にしたら、どうなってしまうか分からない。

「……あら、先ほどの」
「……はい?」

 頭を抱えて、胸のうちにこもった激情を吐き出そうとしているうちに。あの女の人が、帰って来ました。

「お仲間さんは……」
「ええ、お子さんを見ていらっしゃいます。私は少々、気分が悪くなったので、外へと」
「そうですか。大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます。帰るときに、仲間と合流しようと思います」
「やはり、お忙しいのですね。お体は、大事になさってください」

 あの女の人は、欲しい人を手に入れることが出来たのだろうか。いや、間違いなく出来たのだろう。だから、あんな玉のような赤ちゃんが出来んだ。

 そうだ、あの子はあの人の子供。決して、トウヤさんとあの奴隷の子供じゃない。そんな子供が存在したら、母親ごとはらわたを引き裂いてやる!

 引き裂くだけじゃ終わらせない、その後刻んで、燃やし尽くして、潰して削って壊して千切って刺して溶かして砕いて埋めて粉々にして……

「……おい。お前、何ぶつくさ言ってるんだ?」
「え?」

 はたと我に返ってみると、その先には妙な目線を向けているトウヤさんとゴーズさん、それに薄汚い奴隷の姿。どうやら、トリップしているうちに時間が飛んでいたらしい。

「体調が悪くなったっつってたけど、大丈夫か?」
「え、ええ。ご心配をおかけしました」
「まあ、いいけどな。山越えもあって疲れたのか。今日はこれ以上やることもないから、さっさと宿を取るとしよう」

 そう言って、集合住宅を後にするものの、私の気分は晴れません。目の前にこの奴隷がいる限り、私に穏やかな眠りは訪れないことでしょう。不倶戴天の敵というのは、こういうのを言うのかもしれません。

 手近な人に宿屋の位置を聞き、トウヤさんはセナとゴーズさんを引き連れて、周囲を見渡しながら歩いていきます。やがて、目的とした宿にたどり着きました。小さい村だからか、先ほどの町の宿屋よりも小さい規模。それにしても、この村でお仕事ってあるのでしょうか。

 ごちゃごちゃと、疲れた体で疲れることを考えながら、トウヤさんたちに続いて、宿屋の入り口をまたいだとき。

「……ミミィ……?」
「…………ッ!?」

 あまりにも。

 懐かしい声が、耳朶を打った。

 


 振り返る。

 漆黒の髪、優しげな瞳。記憶に残るその人の像と、寸分違わぬその姿。

「お母、さん……?」

 考えるより先に、脳が結論を導くより先に、私は思わず、その人の名前を呼んでいた。

「ミミィ……!」

 その人も、考えるよりも早かったのだろう。気がつけば私は、その人の胸に抱かれていた。

「よかった……! 連絡が取れなくなってから、ずっと、心配していたのよ……」

 その人の鼓動が、聞こえてくる。心が、体が、叫んでいる。

 間違いなく、この人は自分の母親だと。

「お母さん……どうして、勝手にいなくなっちゃうのよ……!」
「ごめんなさい……!」

 理由は、分からない。けれども、こうなったのはわざとではないと、その人の口調が言っている。

 こうして――

 私は……ミミィ・カリエンテ・ファルメルウーナは、愛しい母親と、再会した。


――――――――――――――――――――――――


「……お見苦しいところをお見せしました、トウヤさん。こちらが、私の母親――ミーナ・エリエステ・ファルメルウーナです」
「は、はあ、どうも……」

 急展開といえば急展開に、どうも置いてきぼりな感じがする。

 え、なに? つまりこの人が、ミミィが探していた、彼女の母親? たしかに、言われてみればミミィの面影は残ってるけど……ってゆーか、なんでこんなところに?

「……えっと、トウヤ・フェザーセリオンです。ミミィさんと一緒に冒険していたメンバーの、一応リーダーをやっております。んでこっちが、仲間のゴーズ・ランカスターとセナ・ノーワース」
「……お初にお目にかかる。ゴーズ・ランカスターだ」
「……セナ・ノーワースです」

 同じく置いてきぼり感が否めないが、それぞれ自己紹介を済ませる。女の人はぺこりと頭を下げると、自己紹介を返してくれた。

「はじめまして。ミミィの母、ミーナ・エリエステ・ファルメルウーナと申します。娘がどうやら、大変お世話になったようで」
「いえいえ、彼女の回復魔法には、こちらこそ助けられてばっかりで」

 セナの奴を突き落とした? とりあえず、社交辞令でいきなり言う馬鹿はいない。と、その横で、ゴーズがミミィに切り出した。

「それはいいが、その者が本当に母親なら、ミミィは一体どうするつもりだ? 家族と共にいるのなら、宿は三人分しか取らないが」
「そうですね……」

 それだけ言って、ミミィは母親のほうを見る。母親……ミーナさんはもちろんよと頷くと、ミミィさんを手招きした。

「話したいことは、たくさんあるわ。是非、今晩は私の家へいらっしゃい」
「うん、そうする。それで、トウヤさんたちは……」

 ミミィの目線を追いかけて、ミーナさんもこちらに目線を移す。ミーナさんはしばらく考えると、一つ頷いて提案した。

「確かに、この人たちにも聞きたいことはたくさんあるわ。よかったら、明日の夕方には迎えに来るから、しばらくの間、この村に滞在してもらえる? 色々、話とかもしたいのよ」
「はあ、それはいいですけど……現実的な問題として、長引く分の滞在費は、出してもらえるんですか?」
「そのくらいなら、負担するわ。出来れば、明日からしばらくの間は、私の家へ泊まって頂戴」
「了解、です。別にいいよな?」
「拙者に異論はない」
「ボクもいいよ」
「だそうで。じゃあ、宿屋は今晩一泊だけにしておきますか?」
「そうね。お願いできるかしら」
「いいですよ。それでは、明日の夕方、この宿屋の前でよろしいですか?」
「ええ。ミミィを連れてきてくれて、本当にありがとう。今日は、これで失礼するわ」

 ミーナさんに連れられて。あれよあれよという間に、ミミィが一時離脱した。

 

 

 ……状況が状況だから、致し方がないとはいえ。

「仲間が離脱したって言うのに、随分晴れやかな顔だなお前」
「だって、突き落とされる心配しなくて済むんだもん」
「……まあ、確かに甘い判断だったかもしれねえとは思ってるけどな」

 前まで惚れていたから、甘くなってしまったのだろうか。だとするなら、俺もまだまだということだ。

 部屋は三人部屋を取った。ミミィがいなくなったのだから、二人部屋と一人部屋でいいような気もするのだが、念には念をというやつだ。

「三人であれば、宿泊費用も少ないからな。それに、あやつは食事代もかさむし、かといって役に立つかといえばそうでもなかった。何度も言うが、前提として、拙者はあやつの同行を認めた覚えはないのだからな」
「へーへー、悪ぅござんしたー」

 本日の夕食代は、三人で銀貨がぴったり一枚。安酒場で食事をするとき、かかる費用はメンバー内でも大きく違う。そして、一番金がかかっているのは、確かにずっとミミィであった。その次が俺とゴーズの横並び、そして一番お金を使わないのがセナだった。いつも一番安いメニューを行ったり来たりしているわけで、さすがにそれはどうかと思っていたのだが。ちなみに前衛二人の横並びは、食事のメニューそのものはゴーズのほうが高いのだが、俺はコーヒーのオプションを絶対に譲ってはいないため、結局トントンだったりする。

 ぶっちゃけミミィは、セナを連れてくるときのドサクサに粉れて一緒に連れてきた感が強かったからな。そこに関しては、反論の仕様もないわけで。苦い顔をしつつ、コーヒーをすすって話題を流す。

「そうなると、明日は夕方までだな。今日のうちに、必要物資は整理しちゃうか」

 今回は二日でロンデ村までたどり着けたが、トネール領は山々が多い。ここから先は、そうとも限らなくなるだろう。次の村までの目的時間は、およそ五日ほどはかかる見込みだ。トネールの中心都市へ行くには、たぶん十五日はかかるだろう。領土自体は大きくないし、軍隊もあまり強くはないが、険しい山々に囲まれた場所であるため、治めるうまみはそれほどないのだとゴーズは言う。確かに、なだらかな平原が広がっているわけでもなし、作物を作るのには苦労しそうなもんだけどな。

「とりあえず、目的地は中心都市だな。適当に観光でもしつつ、どんどん西を目指していこう」

 といっても、西を目指すのに理由はない。ぶっちゃけ記憶なんかどうでもいいし、気楽な冒険者生活は自分に合ってるといえるだろう。そろそろ腰を落ち着けないと嫁さんももらえないし子育てもできない気もするが、まあ、それは追々考えるということで。

「……あ、そうだ。セナさん」
「ん? どうしたの、改まって?」
「いや、結婚してくんね?」

 ブッとゴーズが茶を吹いた。マヌケな失態を演じるゴーズという世にも珍しい光景に、思わず突っ込むのを忘れてしまう。しかし、よくよく考えれば、流れ者の冒険者なら同じ冒険者を嫁にしちゃえばいいわけで。で、セナは……はっきり言って、申し分ない。確かに外見は俺の好みからは正反対だが、純粋で慕ってくれる所はとてもとても可愛いし、頑張り屋さんなところも非常に……

「え、えと……」
「うん?」

 ふと、セナの声に我に返り、目線を向けると……って、ちょっ、ちょっと待って? いや、なんでそんなに真っ赤なの?

「そ、その……不束者ですが、よろしくお願いいたします……」

 いやいやおいこらちょっと待てぇ! 冗談だってのにそんなに嬉しそうに頭なんて下げないで!

「ゴ、ゴーズ、助けてくれ!」
「知るか」

 分かってはいたが、にべもなさすぎる返事だった。かなり無理があるのは分かっているが、強引に話題を流してやろうと試みる。

「え、ええい、仕方ない。んな下らねえ冗談はともかく……」
「……冗談、なの……?」

 瞬間、セナの顔が暗くなった。涙目になって、うるうるした目で見つめてくる。

「冗談、だったの……? トウヤ、ボクのこと、お嫁さんにもらってくれないの……?」
「だーっ! なるべく可能な限りできるだけ前向きに最大限善処するから機嫌直してー!!」
「……ん。ボクもまだまだ足りないところがあるから、直せるように頑張るから。そしたら、全部直せたら、ボクのこと、もらってくれる?」
「あーはいはいかしこまりましたー!」

 うっかりジョークも言えねえよ、ちくしょうめ! つーか、我ながらかなり情けねえ!

「まったく、情けない男だ」

 うるせえゴーズ!!


――――――――――――――――――――――――


「それでね、そのときにトウヤさんったら……」

 再会したお母さんと向かった先は、この村で一番大きな屋敷でした。どうやらあの後、この村の統治を任されていたようなのです。

 旅の最中、私の家族は戦乱に巻き込まれ、連絡が取れなくなっていました。その後、紆余曲折を経て、このトネール領の端っこ、ロンデ村を統治する権限を得たようですが、腰を落ち着けて私に手紙を出してみれば、その間に私は家族を探しに旅立ってしまった後らしく、どうやらすれ違いに近い状況だったようなのです。

 夕食を食べながら、私は家族の冒険記録を聞きました。母ももちろん、自分の冒険を聞きたがりました。そんな話もたけなわの頃、姉がこう切り出してきます。

「それで、ミミィはこれからどうするの? もしよかったら、私たちのところに来ない?」

 話を聞くに、この村の統治は信頼できる右腕に任せ、皆は再び旅に出るとのこと。そしてそのメンバーに、自分も来ないかというお誘いだった。

「うん、是非!」

 もちろん、二つ返事で了解します。あの冷たい侍は前々から反りが合わなかったし、薄汚い奴隷なんかと一緒に行動するのは嫌です。しかし、問題が一つありました。

「だけど、できたらそのメンバーに、トウヤさんも加えてほしいのだけど……」
「トウヤさん? そうねえ、話に聞く限り、彼の実力は非常に高いようね。前のパーティーでリーダーを務めていたのなら、人格的にも非常に優れているでしょうし。護衛を務めさせるには、申し分のない方だわ。あとの二人は、別に放置でいいのよね?」
「うん、あの二人はね。一人は人格が問題だし、もう一人は奴隷だもの」

 姉が頷き、母が続いて提案します。

 私にとっても、それは願ったりかなったり。ゴーズさんとトウヤさんは、実力を逆に伝えてあるため、力はあるからと悩ませることも致しません。トウヤさんだって十分強いわけですし、嘘も方便という奴です。トウヤさん自身も、流れ者の自分を少々悩んでいた節もありましたから、いい話になるでしょう。活躍が認められれば、私との交際も家族公認になるかもしれませんよ。こういうとき、兄と姉がいる末っ子という立場は便利です。ふふ、平民のトウヤさんも、うまくいけば貴族の仲間入り。奴隷を取ることも出来ますが、くれぐれも女奴隷だけは取らないように釘を刺しておきましょう。

「じゃあ明日、さっそくトウヤさんたちと話をしましょう。そのときに、この話を切り出すのでいいわよね?」
「うん、よろしくね」

 母の言葉に、私は上機嫌に頷きました。


――――――――――――――――――――――――


 うっかりジョークを飛ばしてしまってセナを涙目にしてしまい、どうにかこうにか全力で機嫌を取った結果、セナを予約済みにしてしまい(いや、向こうも冗談だよな?)、ゴーズに罵倒された後。

「明日の予定だが、夕方にミミィの家族と会う手はずになっている。しかし、具体的な時間は指定されていないからな。うっかり合流できないなどということになっては、ミミィの離脱に支障が出る」

 こいつ、ミミィの離脱を喜んでいるのではなかろうか。いや、喜んでいるんだろうな。そういえば、セナには正式に「勝手にしろ」と許可を出した(?)はずだったが、ミミィにそれはなかったはずだ。ゴーズにとっては、彼女のクビなど当たり前のことなのだろう。

 一昔前の俺だったなら止めたかもしれんが、ミミィへの未練は捨てきった。というよりは、問答無用でぶっちぎれた。それに、隣には今、セナがいる。

「じゃあ、明日のうちに冒険用品を整えるか。んで、その次を休暇にして、それから仕事して出かけよう。……ゴーズ、お前も少しは休んだらどうだ?」
「余計な世話だ。第一、拙者とて休暇中は鍛錬を控えめにしているからな。後は部屋で書物でも読んでいるだけだ」
「……あっそ」

 オンとオフでやってることが変わらないというこの男……まあ、このやりとりはいつものことだし、いいんだけどさ。

 ……と。

「トウヤ」
「ん?」
「明後日さ、二人っきりでデートしようよ。ここの村、見て回るだけでもいいからさ」

 『遊びに行く』とは言わないで『デートする』か。今までよく遊びに誘ってくれたミミィのことを、心理的にも突き放す意味合いもあるのかもしれない。さっきのジョークに対する反応といい、なんでこんなとこだけ強かなんだ。

 ……とはいえ、断る理由はないわけで。

「おう、いいぜ。思いっきり、遊ぶとしますか」
「えへへ。財布に、問題がない程度にね」

 ミミィが引っ張っていくタイプなら、セナは合わせてくれるタイプか。色々逆の女の子だと思ってたけど、恋愛は全然分からねえ。黒髪、年上、巨乳がいいと思ってたんだが、実際は黒髪はともかくとして、あとは年下の貧乳だったし。どうでもいい対比点まで考えれば、貴族と奴隷という真逆の身分。

 ま、いっか。どっちにしろ、めっちゃいい娘だし。んな細けーこと、冒険者は気にしねーんだよ。

 あー、でも……胸は、うん……

「ゴーズ……」
「なんだ?」
「お前の故郷、侘び寂の心とかあったよな……」
「は? 侘び寂? 確かにあるが、それがどうしたんだ?」
「……なんでもねえ……」

 まあ、うん……これからに、期待するか……

 

 

 

 

 
 
 
 
 
十七話へ
  
目次へ
 
 
 
トップへ 

 

inserted by FC2 system