九話
「……バリガディス」
その声に反応したのは、ミミィさんだった。
「…………」
そして、俺にも。悲しいかな、数日前に、その名前を聞いていた。
バリガディス家。数多くの奴隷を所有し、その奴隷の期間レンタル及び売買で成り上がった富豪の一族の名前である。現当主の名前はシフト・ダイン・バリガディス。聞いた話に間違いが無ければ……レイピッドはシフトの嫡子、つまりは次期当主だったはずだ。
「……ガレス・ライムバートだ。覚えておけ」
その横に立っていたのは、体格のいい大男。なのだが、身長はあまり高くない。しかも、筋骨隆々。白いシャツにブルージーンズでも着せようものなら、悲しいまでに似合わないだろう。
しかし、問題はそこではない。
あの時……セナちゃんは、自分の事をなんと言った?
「……そのバリガディス家の者が、わざわざ何の用件だ?」
“それ”を知る由もないゴーズが、当たり前とも言える質問をした。対するレイピッドは、大仰に頷いて返事をする。
「ええ、あなたがたの探し物を届けに来まして」
「探し物だと?」
「はい。あなたがたは、これをお探しなのではありませんか?」
そう言って、差し出されてきたものは……
「…………!!」
大量の、薬草だった。軽く見積もっても、何百もある。
「いくつ必要なのか存じなかったもので、数多く集めておきました」
「……それは、かたじけなかったな」
答えるゴーズの声は、硬い。勘の良いゴーズのことだ。何かしらに気付いたのだろう。
なぜかは分からないが、俺らに何かしらの用件があって、こんなことをしたのだと。そしてそれは、おそらくまともな用件ではないのだと。
レイピッドはもう一度頷くと、薬草の詰まった籠を下げる。
「実は、ちょっとした取引がありまして」
「……だろうな」
ふと、セナちゃんの顔を見る。
いつもとは比べ物にならないくらい、絶望と悲嘆に染まった顔。その両足が、今にも崩れそうに震えている。
「この薬草はあなた方にお渡しいたしますので、それを返して欲しいのです」
「……それ?」
指名代名詞で指されたものがなんなのか分からないのだろう、ゴーズは不思議そうに聞き返す。
「はい、それです。あなたの左斜め後ろにある細長い物体ですね」
「拙者の左斜め後ろにある……細長い物体、だと?」
眉を顰めて、斜め後ろを振り返る。ところが左斜め後ろには俺とセナちゃんがいるだけで、特に何かがあるわけでもない。
――そう。俺とセナちゃんがいるだけで、特に何かがあるわけでもない。
「…………待ってください、まさか!」
そして――それは、貴族だからというべきなのか。ミミィさんは、気付いてしまった。
「ええ、そのまさかです。何を言われたのかは知りませんが、それは元々我々の所有物です。返していただきますよ?」
「……所有物だと? まさか、トウヤやセナは、お前たちの奴隷だったとでも言うつもりか?」
「ええ。トウヤさん……は、存じませんが、セナは我々の所有物です。さすがに、ぬけぬけと話したわけではなかったでしょうがね」
……奥歯がぎりっと噛み締められ、冷や汗が背中を流れ落ちる。どうすべきかを決めかねてしまった俺の前で、ミミィのよく通る声がした。
「かしこまりました。それでは、セナをお返しいたします」
「ちょっと待ちやがれ! お前いきなり何言いやがる!!」
考える前に、ミミィの声に怒鳴っていた。
返すだと? 何も考えずに、返すだと!? 問い詰める俺の前で、ミミィさんは少したじろぎ気味に言葉を返す。
「何を、言っているんですか? 話からすると、セナさんはバリガディス家のものなのでしょう? ならば、返さないといけませんよ?」
「だからなんなんだよ。その前に、セナちゃんは俺らの仲間だろうが」
「ここは、バリガディス家の領内なのです。領民は、治める貴族の命令を聞くのが当たり前です! ここでレイピッドさんに逆らおうものなら、冒険なんてできなくなってしまいますよ!?」
「その通りです。よく、理解しているようですね」
ミミィさんの反論に、レイピッドは満足そうに頷いた。
「教養のあるお方のようで、何よりです。お名前を、伺ってもよろしいですか?」
「ミミィ・カリエンテ・ファルメルウーナです」
ミミィさんは、レイピッド同様優雅に一礼。レイピッドはおおと頷くと、美しい顔に笑みを浮かべた。
「貴族の方がいらっしゃるなら、話は早い。では、薬草はお渡しいたしますので……」
「――ちょっと、待ってくれ」
「はい?」
交渉がまとまりかかったところを、ゴーズが平板な声で切り出した。
「いきなりそう言われても、我々も困るぞ。セナは少なくとも、我々の大事な仲間だからな」
「…………」
至極最もな意見だったが、ゴーズがそう言うのは予想外だった。確かにミミィさんの言う通り、ここでレイピッドに逆らってしまえば、当分ここに立ち入ることは出来ないだろう。レイピッドは困ったように笑いながら、セナちゃんのことを手招きする。
「そう言われましても、それの正当な所有権は我々にありますから」
――そして、セナちゃんは。従順に、歩き出す。
「お、おい、セナちゃん――」
「……ううん、いいの」
呼び止めようとした声を、セナちゃんは短く、断ち切った。
「もう、いいんだ。トウヤ君の冒険の、邪魔するわけにもいかないから」
「…………」
「今まで、ありがとうございました。――とても、楽しい、思い出でした」
告白のことは、忘れてください。悲しげな瞳で、そう告げて。セナちゃんは静かに背中を向けると、レイピッドたちの前に立った。
「お前が貸し出された家から、奴隷が一人逃げ出したと聞いたのだが。どういうことか、ご存知かい?」
揺れるセナちゃんの目の前で、レイピッドの笑みを含んだ声がする。怯えきった少女を威圧的に見下ろす、絶対者の口調。セナちゃんは抗弁しているようだが、声が小さいのか聞こえない。対するレイピッドは、大げさに頷きながら聞いている。とはいえ、その光景は長くは続かず、セナちゃんはやがて黙ってしまった。レイピッドは一言「そうですか」と頷くと、おもむろに右手で拳を作り――頬骨めがけて、思いっきり叩き込む。
「なっ!?」
しかも、その一撃はただの鉄拳なんかではなかった。炸裂した瞬間、拳が淡く発光し――魔力まで纏わせて打ち抜いた、とてつもなく響くその一撃。まともに食らったセナちゃんの頭がまさしく弾かれたように動き、頭から大木に打ち付けられる。
「お前、何するんだよっ!?」
とんでもない暴挙を見て、俺は思わず叫び声を上げた。木から崩れ落ちたセナちゃんは、頭を抱えてうずくまっている。
当たり前だ。あんなものを食らったら、痛いどころの騒ぎじゃない。言葉にならない悲痛な声が、セナちゃんの痛みを訴える。
「レイピッド。いくらなんでも、やりすぎではないか」
ゴーズも冷たい声で言うが、レイピッドはこちらを振り向きもしない。存在そのものを無視するかのように、眉の一本も動かさなかった。
代わりに、レイピッドの隣にいた男――ガレスが動いた。倒れているセナちゃんに歩み寄るが、偶然からか、その前には俺がいる。ガレスはそのまま、俺の前までやってくると……
「――ってぇっ!!」
羽虫か何かを払うように、俺の頬を打ち付けた。意外な痛みに思わずよろめいた俺を押しのけると、ガレスはセナちゃんの前まで歩く。
「おいこら、ガレス!」
あんまりといえばあんまりな行動に、俺は感情に任せて叫ぶ。が、ガレスは振り向くどころか留まりもしない。レイピッド同様、完全にこっちを無視していた。
「この野郎ッ……!」
「やめてください、トウヤさん!」
「うるせえ!!」
レイピッドもレイピッドだが、ガレスもガレスだ。貴族特有の――と言うと偏見だが、その人を見下しきった態度は気に食わない。そして、どちらかというとレイピッドたち寄りの行動をするミミィさんにも、正直かなり苛立っていた。彼女も貴族だから仕方がない部分もあるとはいえ、セナちゃんは仲間じゃなかったのかよ!
ガレスは倒れているセナちゃんに歩み寄り、そのすぐ傍で膝をつく。それこそ髪を引き抜かん勢いで無理やり顔を上げさせて、顔に唾を吐き捨てた。
「う……あ、は……」
うめいているセナちゃんの鳩尾に――ガレスは容赦なく前蹴りを放った。咳き込んで倒れるセナちゃんだったが、掴まれている髪が、彼女に崩れ落ちるのを許さない。無茶な力をかけられて、セナちゃんはガレスの足元に胃の中のものを吐き戻す。
「もう、止めろよっ!」
「……何をしている?」
対してガレスは、露骨に眉をしかめてみせた。吐瀉物の一部が、ガレスの靴にかかったらしい。止めようとした俺の声など、やはり完全に無視している。汚れた靴をそのままセナちゃんの顔面に入れて、吐き戻したもので汚れた顔面にこすりつけるように自分の汚れを拭き取ると、そのままセナちゃんの髪を引きずり上げて、強引に土下座の姿勢をとらせた。
「奴隷、ごときが――!!」
聞くに堪えない、罵詈雑言が耳に入る。俺も冗談で罵倒をすることもあるが、そんなものなど比べ物にならない、猛毒の嘲弄。
――はっきり言って、限界だった。
自分がかなり短気である事は知っている。その中でも、かなり我慢したほうだろう。
「こんの……」
「トウヤさん、やめっ――」
ミミィさんが止めようとするも、もう、無理だ。
「……クソ野郎共があぁっ!」
右手に、鋭く冷気を集めて――思いっきり、前方めがけて突き出した。手から放たれた冷凍光線が、ガレスの頬を掠めて隣の木に直撃する。すぐ横を掠めた攻撃には……さすがに、無視はできなかったようだ。
「……何の真似だ」
はじめて、こっちのほうに顔を向けて。ガレスは、押し殺した声で問い質す。しかし、さっきのガレスのように、その発言は完全に無視。セナちゃんの隣に歩み寄って、邪魔っけなガレスの体を蹴飛ばした。
「がっ!?」
ほとんど不意打ちに近い状況に、セナちゃんを掴んだ手が緩む。ガレスの手からセナちゃんの体をひったくるように奪い返すと、小柄な体を抱き上げた。
「トウヤ……君……」
「……やっぱだめだ」
少女が出した、かすれた声。そんな顔で、そんな声で。もうこれ以上、見てられない。
軽かった。信じられないくらい、軽かった。おそらく、まともな栄養も与えられてこなかったのだ。
「ごめん、セナちゃん。正直、ほんの少しだけ迷ったけど……」
「トウヤ、伏せろ!」
言い終わる前に、ゴーズの声が響いてきた。理性よりも本能が働いて、俺はとっさに身を伏せる。その上を、嫌な音が駆け抜けていった。
「きさ、まっ……!」
この声は、俺のものじゃなかった。爆発寸前の怒りを宿した眼差しで、ガレスの目線が、こちらのほうを向いている。奴の手には、真上を振り抜いた、身の丈ほどもある大剣。一瞬でも反応が遅ければ、俺の首は引きちぎられていたに違いない。
「――――っ!」
思いっきり地面を蹴り、ゴーズたちのほうに着地する。それを見て、ガレスの顔が怒りに染まった。
「小僧……ッ!」
無理やり何かを押し殺した、平板な声。怒りを宿した眼差しを、真正面から睨み返す。
いくらセナちゃんが奴隷だとしたって、物事には限度ってものがある。今のガレスの行動は、それを軽く超えていた。
抱き起こしたセナちゃんの、吐瀉物にまみれて汚れた顔。異臭を放つその顔に、ウエストポーチから取り出したアクアペーパーを当ててやる。
「……ごめんな、セナちゃん。ここじゃ水拭きぐらいしか出来ないけど、我慢してくれな」
見上げてくる、セナちゃんの顔。戸惑ったような、それでいて安心したような顔に、こんな場なのに笑みがこぼれる。しかし、感慨にふけっている暇はなかった。怒りに声を震わせて、ガレスが呻くように問いかけてくる。
「……何を、しているのか……分かっているのか?」
「分かってるよ。てめえこそ、女の子に何やってんだよ」
「貴様……それでも、戦士かっ……!」
「戦士だな。広い意味合いで見てみれば、お前とも同業者になるんじゃいか?」
「黙れ!!」
大剣と格闘技の違いはあれど、ガレスは俺とまったく同じ、戦いに身を置く人間だった。
――いいか、よく覚えておけ。武器を振るうのは、その先に己が譲れない想いがあるからだ。
己が武器を振るう理由は、人それぞれ違っていい。
だが決して、理由もなしに――
失われた記憶の中に、どこか残っていた言葉。戦士としての“トウヤ”を形作っている、覚えのない遠い記憶。だが、それを聞いた瞬間、ガレスは唐突に激昂した。
「貴様ごときが戦士を語るな! 戦士というのはな、大切なものがあるんだ! その剣にかけて守るものがあるんだ! 奴隷の小娘一匹ごときをかばう男が戦士だと!? 笑わせるな!!」
「……はっ」
思わず、笑みがこぼれた。形は違えど、本質的には同じなのだ。剣士というものと、その剣士である自分自身に誇りを持っていた存在。そんなガレスにとって、同じ戦士である俺が、奴隷ごときを庇う姿は絶対に認められないのだろう。
唇の端を吊り上げて、挑発的に言ってやる。
「別に俺、剣士じゃねえしな。お前の理屈なんか、知ったこっちゃねえんだよ」
「――――ッ!!」
怒りのあまり、言葉が出なくなったらしい。ガレスは顔を憤怒に染めると、大剣を構えて踏み出してくる。
「……レイピッド様。ここは私にやらせてください」
「あなた一人でですか?」
「はい。奴隷の小娘一匹ごときをかばうヒーロー気取りのガキや、そいつごときが率いる連中など私一人でも十分です。貴方は別の任務へ」
「わかりました。では」
そう言って、レイピッドは懐から二枚の紙を取り出した。しばし眺め、そのうちの一枚をガレスに渡す。
「では、こちらの任務はお任せします。私はこちらをやりますので」
貴族の次期当主にも、色々仕事があるらしい。わかりました、と頷くガレスにレイピッドも頷きを返し、薬草の入った籠をガレスから少し離れた場所に置く。それきり、俺らの隣を抜けて――レイピッドは、山を降りていく。
姿が消えるのを見送って――俺は大きく、息を吐いた。
「随分と余裕だな」
「奴隷ごときに構っている余裕は、レイピッド様にはないのでな。最も、俺も奴隷ごときに時間を使うなど腹立たしくて仕方がない。さっさと貴様を始末して、セナを持って帰らせてもらうぞ」
「…………」
『連れて帰る』じゃなくて、『持って帰る』かよ。つくづく、貴族って連中は嫌いなんだ。息を吐き、俺はセナちゃんを地面に下ろす。いつの間にか、俺の服を掴んでいたセナちゃんの指が、名残惜しげに離れていく。
「……ミミィさん。セナちゃんの治療を頼む」
「…………」
俺にはよく分からないが、どこかに大怪我が隠れているのかもしれない。特に、女の子の下腹部は非常に大事な場所だと聞く。セナちゃんと同じ女性であり、さらには回復魔術の心得を持つ彼女に診てもらうのが一番だ。
……だが。
「……できません。今からでも遅くないですから、早くセナをガレスさんに――」
「ゴーズ、頼む」
ある意味、予想通りの返事だったが……なんだろう、どうしようもなく腹立たしい。答えないミミィさんには早々に見切りをつけ、今度はゴーズに依頼する。ゴーズは分かったと返事をすると、セナちゃんを後ろに下がらせた。軽い手当てぐらいなら、俺やゴーズにも心得がある。旅をする中で、修行の中で、それぞれ鍛えられた能力だ。
「……で、こんなことをする理由を聞きたいらしいな。折角だ、言葉と質問にまとめて答えてやる。その娘はな、俺の大事な後輩なんだよ。それに、この前好きだと言ってくれてな。その返事を、まだ返してねえんだよ」
逃げた奴隷の面倒を見たのが、たまたま俺だったからかもしれない。先輩に向けるような、単なる尊敬の念かもしれない。だが、好きだと言ってくれた以上、彼女には返事をしなければならない。
「……はっ」
対するガレスは、当然といえば当然だろう、嘲り笑って答えにした。
「ならば、さっさと返事をすることだな。『ぼくちゃんは、奴隷なんかとは付き合えません。身の程を少しは知ってください』ってな」
超絶ムカつく声音である。実際、馬鹿にされているのだから仕方がない。俺だって、この娘が奴隷なのを気にしないのは、かなり例外に近いことぐらいはとっくの昔に知っている。
――だが。
だが、それでも。
「……そりゃ、無理だ」
思う。
力になってくれようと、一生懸命に頑張ってくれたあの時の顔。
告白してくれたときの、泣きそうな顔。
コーヒーを奢ってくれた、あの優しさ。
鉈を買ったとき、嬉しそうに受け取ってくれた、無邪気な笑顔。
研いだとき、ちょっと見せた甘えの色と、嬉しそうな柔らかな笑顔。
そして――冒険の様々な心得を教えるとき、真剣に聞いてくれた、あの瞳。
一日。
たった、一日だ。
ミミィさんに振られ、セナちゃんを真剣に意識したのは、たったの一日でしかない。
なのに。
「そうなったら……」
最初の戦いの後、俺はゴーズと二人揃って、彼女を容赦なく追い詰めた。
でも、彼女は真剣に食らいついてきてくれた。
戦いのときも、冒険のときも、彼女は、いつだって一生懸命だった。
……つくづく、俺は馬鹿だ。
ミミィさんへの恋愛相談を、セナちゃんに持ちかけたこともあって。
好きだと言ってくれる前も、自分の気持ちを押し殺して、彼女は付き合ってくれていて。
振られた直後も、俺の気持ちを推し量って、返事は強要しなかった。
……ああ、畜生。
そんな娘に――
「……俺の彼女を連れていくなって、怒鳴りつけちまうだろうからな!!」
「――――っ!!」
――応えるなっていう方が、無理だろうが!!
後ろから、息を呑んだ声が聞こえた。セナちゃんのようにも、ミミィさんのようにも聞こえた。そして同時に、予想通りにガレスは切れる。
「……この、愚か者があぁっ!」
怒声を上げたガレスは、大剣を大上段に振りかぶって跳躍し、まっ逆さまに振り下ろす。それを横っ飛びに回避して、俺は静かに構えを作った。
「ゴーズ。セナちゃん。それに、ないとは思うが、ミミィさん」
まだ、ミミィさんへの気持ちは振り切れていない。だけど、ここでセナちゃんを失うことだけは、絶対に避けたい。どんなに少なく見積もっても――彼女は俺の、大事な大事な後輩だから。
「お前らは手ぇ出すな。俺一人で片付ける」
「……分かった」
後ろから、ゴーズが小さく笑みを漏らした。
「勝利祝いは、酒でいいな?」
「おう」
こいつとも長い付き合いだ。不器用な彼なりのエールなのだと、長い付き合いで分かっている。目線を向けると、ゴーズはてきぱきとセナちゃんの手当てを始めていた。目線を戻した俺の後ろで、不安そうな声がする。
「トウヤ、君……」
「安心しろ。ああなったトウヤは、滅茶苦茶強い」
そう言ってくれると、嬉しいもんだ。
俺は軽く右腕を回すと、もう片方の手でガレスに向かってかかって来いと合図する。
「おら、始めようぜ、三下ァ!」
「貴ッ様あぁ!!」
ガレスの顔が、憤怒に染まる。
「――戦士の面汚しが、死んでしまえ!!」
「俺が誰を彼女にしようが、俺の勝手だろうがっ!!」
怒号の二重奏が、山間に響いた。