七話


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 ――なんですか、あれは!?

 トウヤさんらしき人影を宿屋の裏手で見つけたので、会いに行ってみようとすれば。その先には、信じがたい光景が広がっていました。

「…………」

 でれでれとだらしのない顔で擦り寄る、薄汚い小娘が一人。そしてその小娘の頭を、苦笑を浮かべて撫でているのは……トウヤさん。しかもその横には、ゴーズさんまで立っています。ゴーズさんはため息をついたようですが……珍しく、ゴーズさんに同感です。

 ……いえ、同感はできません。苦笑して済む話でも、ため息で済む話でもありません。

 なんで?

 なんで貴方が、そんな顔も体も貧相な小娘を撫でているのですか!?

「――――ッ!」

 ばきりっ、と、手近の木の枝をへし折った音が、私を現実に戻しました。

 いけないいけない。彼女たるもの、彼氏を信じないといけません。

 その女にねだられたから頭を撫でているだけで、別にあんな小娘のことは好きでもなんでもないんですよね。

 ね、トウヤさん。そうですよね……?

「…………」

 納得行った所で、次の手を考えましょう。さしあたっては、邪魔っ気な小娘の排除。せっかくですので、それと同時に攻撃魔術も覚えましょう。攻撃も回復も出来る完璧な女が傍にいたなら、セナをメンバーから放り出すことが出来ますからね。

 ――ああもう、放り出す算段を立てるためとはいえ、あの小娘の事を考えたら途轍もなくいらいらしてきました。今は木の枝をもう一本折って、心を落ち着かせるとしましょう。

 それにしても、二人とも。いいかげんにしないと、怒りますよ……?


――――――――――――――――――――――――


 やばい。

 なんというか、やばい。

 頭を撫でて欲しいとお願いされたものだから、要望通りに頭を撫でてやったのだが。

「えへ、えへへ……」
「…………」

 いや、本当にマジでやばい。

 まあ、奴隷だったから、誰からも愛されなかったのだとは思っている。だから、こんなおねだりをしてきたのだとは思うのだが、目線を下げるとセナちゃんが物凄く幸せそうな顔して撫でられていて、手を離すタイミングを完全に逃してしまっていた。とはいえ、いつまでも女の子の髪をべたべた触っているわけにも行かないので、不自然かもしれないけど、中途半端なタイミングで手を離さざるを得なくなる。

「…………」

 と、セナちゃんが名残惜しそうな顔で見上げてきた。や、やばい。愛されている。

「ま、まあ、なんだ? その、俺が教えられることも、段々少なくなるんだろうな。そうしたら、セナちゃんも立派な一人前だ」
「抜かるなよ、トウヤ」

 ナイス、ゴーズ。クソ真面目な男なのでクソ真面目な突っ込みを入れられたのだが、今回ばかりは助かった。

「驕っていると、いつか足元をすくわれるぞ。まだまだ半人前程度の考えでいかなければな」
「ってことは、お前もまだ半人前だと思ってるのか? 確かに、冒険者としてはセナちゃんに追いつかれかけてるけど、侍としては十分に一人前だろうに」
「そう思っておけば、この先の精進もしやすいであろう」

 とかなんとか言ってるくせに、顔には一人前の誇りがある。話題を逸らしがてら、そこを突っ込もうかと思った俺だったが、その前にセナちゃんが聞いてきた。

「しょーじん? 上を目指して、頑張るって事?」
「んー、まあ、大体そんなところだな」

 単純な労力として育てられた彼女には、ちょっと難しかったかもしれない。そういえば、文字もほとんど読めなかったな。一応、多少は教えてるんだが……

「じゃあ、この前ミミィさんが『精進料理です』って言って野菜ばっかり食べてたけど、あれは食べるのに苦労する料理って事?」
「いや、その場合だと微妙に意味は違うんだよな……」

 ごめんセナちゃん、俺も力不足だわ。

 

 

「さーって、メシも食ったし風呂にも入ったし」
「後は夜の瞑想をしてから寝るだけだな」
「ちょっと待て」

 刀を手にしたゴーズの言葉に、俺は思わず突っ込みを入れた。

「明日の準備はどうするんだ」
「……忘れていた」
「お前な」

 本当によくコイツ生きてたものだ。つくづく感心する俺だったが、問題点はそこではない。

「瞑想をするのは結構だが、その前に準備を整えてからだ。明日は薬草採取だから、とりあえず対象の見本と、地図でも持っていけばいいか」

 後はいつも通りの準備品だ。即効性の薬品をいくつかと、数食分の保存食。ウエストポーチに入るのは、大体それくらいの物資である。

「念のため、松明も入れておこう」

 明るい森の中みたいだから、そんなに必要ないっぽいが。備えあれば憂いなしとも言うことだし、しっかり準備をしておくか。

 ――こん、こん。

「ほーい」

 ノックされた扉に呼びかけると、扉が静かに開かれる。隙間から顔を覗かせたのは――

「ミミィさん?」
「ええ」

 珍しいこともあるものだ。依頼の前日に、用意するべき物資類を聞きに女性陣が訪ねてくることはある。しかし、大抵の場合はセナちゃんであり、ミミィさんが来るのは珍しい。

「どうした?」
「ちょっと、明日持っていく物資について、お伺いしたくて」
「はいよ」

 本当に珍しい。ついでに言えば、振った翌日だというのに、平気な顔して訪ねて来た。とりもなおさず、俺の事なんか歯牙にも掛けてなかったってことなんだろうが……まあ、前日のことを水に流してくれた辺り、『冒険者』としてはありがたい。『トウヤ』としては凹むとこだが。

「そうそう、『凹』って漢字だけど、実はちゃんと部首があるんだぜ。『凵』の部分が部首なんだ。うけばこって名前だから、このまま覚えちゃうといい」
「何の話ですか?」
「いや、なんでも」

 不思議そうに見つめてくるミミィさんに手を振って、この話題を強引に流す。あとはよくセナちゃんにやってる方法――というか、出会った時には二人とも同じ方法でやっていたのだが――で、物資のチェックを開始した。

「それじゃあ、ウエストポーチの中身を教えてくれ」
「はい。そうですね……」

 ミミィさんは中身を床に出して、中身を手短に教えてくれる。俺はそれを聞いて頷くと、じゃあと言葉を発して続けた。

「そしたら、必要な物資はどれくらいだと思う?」
「…………」

 俺の教え方は、至極単純。どれくらい必要かを自分で見立てて、あとは本人の見立てから差し引いたり付け足したりするだけだ。もちろん、自分とていつも完璧な回答を出せるとは限らないので、上から押し付けたりはしない。

「……応急薬が二つ、魔香水が三つ、後は保存食が二食分、でしょうか」
「なるほどね……」

 ミミィさんはそう見立てるか。彼女の意見を聞いてから、自分なりの答えを告げようとした先、扉が再びノックされる。

「はいよー」

 やはりというか、そこには予想通りセナちゃんがいた。セナちゃんはミミィさんを見ると少し眉をしかめるが、そのまま部屋に入ってくる。

「どうした?」
「んと、冒険用品の見繕いをお願いしたいなって」
「了解」
「それで、これなんだけど」
「うん?」
「ボクなりに、見立ててみたんだ。どうかな」
「ほう」

 渡された紙を受け取ってみると、そこには確かに必要物資が記されていた。ところどころ字が間違っているが、伝わらないほどではない。

「左が、今持ってる道具の数。それで、右が必要な道具。一応、ウエストポーチも持ってきたけど」
「そうだね。じゃあ、念のために見せて――」
「――ちょっと、待ってくださいよ」
「うん?」

 と、セナちゃんの様子を見ようとした先、ミミィさんに待ったをかけられた。ミミィさんは拳を握り締め、強めの口調で言ってくる。

「私の見立てが先じゃないですか?」
「ああ、勿論ミミィさんから先にやるよ。一応、紙に照らし合わせるだけしようと思ってな」
「……そうですか。それなら、いいですけど」

 まあ、中断したっぽく聞こえたかもしれないからな。確かに、悪いことをした。

「すまんね。じゃあセナちゃん、道具だけ見せてくれるかな」
「わかった」

 セナちゃんは一つ頷くと、いつも通りに道具を出していく。それと紙を照らし合わせるが、まだ物資は見立てない。さっきも言った通り、今はミミィさんが先だ。

「ごめんな、セナちゃん。ミミィさんのほうが先に来たから、そっちからでいいかな」
「……うん」

 まあ、順番は公平にいかないとな。セナちゃんもそれには納得したらしく、荷物をどかすと腰を下ろす。場所は、俺のすぐ隣。

 ……あの、かなり距離が近いんですが。

 ミミィさんと二人で遊んだ時と、ほとんど変わらないくらいの距離。もしかしたら、今のセナちゃんのほうが近いかもしれない。

 おいおい、この前はそれで盛大に誤解して思いっきりミミィさんに振られたんだから、勘弁してくれよ……

 ……って、今回は誤解じゃないんじゃないか? だって、昨日告白してくれたわけだし……

「……はっ!」

 見ると、とんでもなく険悪な目線で、ミミィさんが睨みつけてきていた。女の子が隣に座ったせいで、でれでれしていると思われたらしい。そりゃそうだ、いくら振ったといえど、自分に告白した男が、次の日に別の女を侍らせていれば、そりゃ苛立ちもするってもんだ。

 いかんいかん。煩悩を振り払って、俺はミミィさんへ明日の物資を教え始める。

「……そうだね、保存食に関しては、それくらいでいいかな」
「では、魔香水は……」

 教えておきながら、昨日ほどのぎこちなさがなくなっていることに気付く。ふと目線をセナちゃんにやると、真剣な目を自分の物資に向けていた。そのまま、何かを紙に書き加えていく。自分が鍛えたものであるだけに、その行為はちょっと嬉しい。

 そんな姿に微笑をやって、俺は再びミミィさんの物資に戻る。教えて意見を交換してまた教えてを繰り返すこと数十分、ようやっと物資の見立てが終わった。

「……よし。こんなものでいいかな」
「そうですか。ありがとうございます」
「おう」

 花のような笑み。俺を虜にした、今でも虜にし続ける、見惚れるほどの綺麗な笑み。微笑む美女というものが、こんなにも目の保養になることを、俺は最近やっと知った。心臓が大きく跳ね上がるあたり、俺もまだまだ未練がましい。

「よし、次はセナちゃんだな。ミミィさんもよく見ときな、勉強になるから」
「…………」

 ん? 今、嫌な顔をしたような……

 分かりましたと頷く笑みからは、そんな気配は感じられない。気のせいかな? 冒険者をやっていると、どうも猜疑的になるから困る。

「さてと。じゃあ、紙を渡してくれ」
「ん」

 渡されてきた紙には、さっきよりも色々書き加えられていた。今ある物資と必要物資が書かれていたはずだったが、数字が三つになっている。

「この数字は?」
「ちょっと、必要な物資が分からなくて。こっちかなって思う数字も、一緒に書いておいた」
「ああ、なるほどね」

 応急薬は、二個か三個。魔香水は自信があるらしく、別の数字は書かれていない。後は……

「ちょっと、アクアペーパーが余りすぎかな。後はこの二つのうちのどっちかで合ってるぜ」

 アクアペーパーとは、読んで字のごとし、水を多量に含んだ紙のことだ。ナイフなどについた血や脂を拭ったりするほか、汚れをふき取ったりぬめりを取ったりするのに使う、冒険の必需品である。明日は薬草採取なのだが、手を洗うのは全部採り終わった後でいいし、セナちゃんは俺らと違って近接武器を扱う戦士ではないために、こんなに持っていく必要はない。

「とりあえず、アクアペーパーは後回しだ。ほかの物資を、この二択にした理由を教えてくれ」

 ここまで行くと、後はこまごまとした説明で済む。五、六分ほどで終了すると、あとはアクアペーパーの見立てをやっつけにかかった。

「じゃあ、何か取ってくる依頼の場合は、このくらいでいいの?」
「大体な。以上、セナちゃんの見立ても終わり!」

 ぐーっと伸びをする……と、セナちゃんが不服そうに見つめていた。どうしたと問いかけると、やっぱり不服そうな声で告げてくる。

「なんか、手ぇ抜いてない?」
「抜いてない抜いてない。俺が冒険に手なんか抜くか?」
「……う〜」

 ミミィさんに四十分ほどかけていたせいか、十分ちょいで終わってしまった自分に対して手抜きではないかと思ってるらしい。微笑を浮かべて、返してやる。

「ひとえに、お前の努力の成果だよ」

 実際、ミミィさんよりもセナちゃんのほうが、見立ては圧倒的にうまかった。当たり前だ。俺がやっていたのと自分からやっていたのでは、その結果には雲泥の差が生じてくる。もっとも、セナちゃんも最初はめっちゃ手間がかかったのだが、とにかく今は彼女の成長を喜びたい。

「…………」

 と、今度はミミィさんが不服そうだった。どうしたと問いかけると、こちらも不服そうな声で告げてくる。

「随分、セナさんに甘いんですね」
「…………」

 その言葉が、耳に入って――

「それは違うぜ」

 ――どこか、ムッときた。

「セナちゃんは本当に、見立ての筋がよかったんだ」

 何か言いかけたゴーズを目線で黙らせ、俺はミミィさんに続けていく。

「さっきもセナちゃんに言ったけど、俺は冒険に手抜きはしない。甘く見ることもしなければ、厳しく見ることもしない。なぜなら、冒険に手を抜こうものなら、下手をすれば命の危険があるからだ」

 わざわざキツい言い方をしたのは、ミミィさんに嫌われるための意味合いもある。今なお残るこの想いを、なるべく遠ざけてしまいたい。

 だけど「出来れば少しずつでいいから、自分で見立てても欲しいとこだな」――この言葉は言えなかったあたり、我ながら色々ヘタレであった。

 いや、言うのはいいんだけど、だって女子部屋入れなくなるし。あの、禁断の園に足を踏み入れるような背徳ちっくな快感が……

「ねえ、トウヤ君。どうして頭を抱えてるの?」
「な、なんでもねえっ!」

 どうも針のむしろ感がして仕方がない夜だった。

 仕方ねーだろ、男たるものそーゆー欲望はあるんだからよ!

 

 

  

 

 
 
 
 
 
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