六話


 男性部屋に戻って百枚ほどを干し終わり、さあ女性部屋へ援軍に行こうとした矢先。

「お待たせいたしました」

 二枚の依頼書を持って、ミミィさんが帰ってきた。それを見て、ゴーズが露骨にため息をつく。

「後処理もせず、貴様はどこに行っていたんだ」
「明日の仕事探しと依頼書の受け取りですが。どうかなさいましたか?」
「…………」

 相変わらず棘のあるセリフと、相変わらず棘のある受け答え。もう少し仲良くして欲しいものだが、相性というのは少なからず存在する。自他共に認める正反対の性格をしている俺とゴーズが何故かウマが合っているのも、この辺りの部分が大きい。

 ……ほんっとに俺らが知りてえよ。お互いにこんな奴となんで気が合っているのか。

「まあ、いい。依頼書は後ほど確認だ。さっさとセナの部屋に行って、皮干しの続きを行うぞ」
「……女性部屋にですか? 基本的に、男子禁制の場所ですよ?」
「だったらとっとと貴様は戻ってくればよかっただろうが。大体依頼を見つけるのにそんなに時間をかけてどうする」
「慣れていないのですから、仕方が無いでしょう。トウヤさんは、セナさんについていってしまいますし」
「あーはいはい、揉めるな揉めるな」

 ったく、この二人は。まあ、どちらの言い分も分かる。冒険者が受ける依頼は、実力や報酬とも相談するから、厳選すれば時間がかかる。しかし、俺がセナちゃんとナイフを選びに行って、ゴーズと一緒に皮を洗って、しかもその半分を干し終わるまで来なかったのは確かにかかりすぎと言わざるを得ない。

「ったく、ケンカしてても仕方がねえだろ。じゃあミミィさん、俺らは入らないから、セナちゃんがやっているネズミの皮干しを手伝ってくれ」
「分かりました。では、トウヤさんは依頼書を読んでいてください」
「はいよ」

 俺はよくミミィさんの冒険用品見繕いで女性部屋に入るのだが。まあ、その前にセナちゃんがヤバイものとかはしまってくれているので、特例といった所だろう。女性というのは、中々面倒なものである。

「ええっと? 明日は……薬草採取? で、明後日は……おお、ロンデ村までの運び屋じゃないか! ミミィさん、いいもん見つけてきたな!」
「運び屋は確かに、次の目的地が宛先だからな。たまには奴も、いい仕事をするではないか。目下、薬草採取が何の修行になるんだかは知らないがな」
「……いや、無理に修行にする必要はないだろ」

 とは言ったものの、“修行か”“修行でないか”の二つだけでほぼ全てを分けてしまっている彼は、ある意味付き合いやすいといえば付き合いやすい男である。たまにそれが仲間内での軋轢を生んでしまうこともあるのだが、それはとりあえずご愛嬌……じゃ、すまない部分もあるんだが、まあ、それはそれとして。

「これが終わったら、セナちゃんの手入れを見るんだったな」
「そうだな。実力はともかく、あの娘の懸命さには好感を覚える。折角だし、拙者も付き合うとしよう」
「にしてもあの娘、最近男性部屋で過ごす時間長くなったなー。いいのかね?」
「いいのではないか? あの甘ったれた女といるよりは、修行――」
「――以外の観点でお願いしたいんだけど」
「そうなると、拙者には無理であるな」
「無理なんかい」

 それはそれである意味凄いが。

 会話が一段落着くと、俺は依頼書を読み返す。皮干しが終わったら、セナちゃんがこっちに来るはずだ。中途半端に余った時間は、どこかに出るには短いし、されどここでほけーっとしているには長いだろうし。

「ゴーズ……は、聞くだけ無駄だな」
「ん?」
「いや、どうやって時間潰すか聞こうと思ったんだけどさ。どうせお前のことなら、毎度おなじみの瞑想だろ?」
「妙に引っかかる言い方だな。静かな心を鍛えるにはうってつけだぞ。お前も一度やってみるといい」
「……やってみようかね、本当に」

 本は読み終わってしまったし(買うものはいわゆる中古で、読み終わったら燃料になる)、新しいものを買う金はない。今は報酬金が手に入ったが、買いに出る時間もないことだし。

「ま、少し付き合ってみるか。コツみたいなものはあるのか?」
「特にない。ただ足と手を組んで、瞳を閉じ、静かな心を鍛えるために修行するだけだ。拙者の故郷にはザゼンというものも伝わっているが、拙者は形式よりも、実技を重んじているのでな」
「ふーん。お前の故郷にも形式とか気にする奴っているんだな」
「形式といっても、その足の組み方や手の組み方に少々の決まりがある程度だ。そこまで大それたものでもない」
「なるほどねぇ」

 質実剛健というのだろうか、こいつの故郷はそんな感じであるようだ。俺も一度訪れてみようかとも思っているが、結構アクセスが面倒な上、大した特産品もなさそうだった。どこかの通り道にでもなっていない限り、行く意味があるとも思えない。

「じゃあ、俺もちょっとやってみよう。やり方とか間違っていたら言ってくれ」
「先ほども言ったが、拙者は特に決まったやり方で行っているわけではない。心を静かに落ち着けることが出来れば、それでいいのだ」
「ああ、そういやそうだったね」

 言い残して、早々に瞑想の体勢に入ったゴーズを観察する。見よう見まねで体勢を整え、俺も瞑想。

「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」

 静かだ。男二人がいるとは思えないくらい、静かである。そして、やってみると案外、ちらちらと雑念が湧き出てくる。ううむ、単純にして奥が深い。

 ――こん、こん。

「おっ」

 と、控えめに扉がノックされた。出迎えると、鉈とナイフを下げたセナちゃんが砥石を持って立っている。

「トウヤ君、お待たせ」
「おう。ゴーズも来るらしいけど、いいか?」
「ゴーズさんが? 珍しいね」

 少しだけ眉を顰めて、不思議そうに返してくる。でも、頼りになるからいいかな。笑う表情からは、特にゴーズへの嫌悪感は見受けられない。ゴーズのほうもセナちゃんを嫌っているわけではないようなので、ここに関しては安心だ。

「鉈とナイフと砥石は持ったな」
「持った」
「金剛砂は?」
「持った」
「水は?」
「持った!」
「よし、完璧」

 自分のナイフと手入れ用品一式を持ち、俺は笑みと頷きを返す。ゴーズも同じく準備をすると、男性部屋を施錠した。


――――――――――――――――――――――――


「それで、どうするんだ。各自勝手に研ぐ感じか?」
「んー、そうするつもりだったけど、とりあえずセナちゃんのを見てみようかと」
「そうか。そういえば、この前トウヤが教えていたな。覚えたのか?」
「……えっと、多分」

 大きな男の人に見られると、とたんに自信はなくなってしまう。多分、手順は何度も口に出したから、ちゃんと覚えているはずだ。

 ボクら奴隷は、命令された仕事は一発で完璧にこなさなくちゃならない。聞き直しでもしようものなら、何で聞いていなかったんだと鞭で叩かれるのが見えてるからだ。それに、いつもびくびくしながら命令を聞いていたあの時とは違い、トウヤ君の隣は安心できる。だから、落ち着いて説明も聞くことができたし、ちゃんと覚えてもいるはずだ。

 返事を聞いたゴーズさんは、ふむと頷くと少し離れる。

「多分では、この先が思いやられるな」
「う……」
「まあまあ、実際に研いでみればいいんじゃねーの。なんちゃらは一見にしかずっていうしな」
「百聞だ」

 トウヤ君の冗談にも真顔で答えているものの、ちゃんと突っ込みは入れている。ああ見えて、結構いいコンビなのかもしれない。ゴーズさんは一度広げた手入れ用具を脇に寄せ、近くの木に寄りかかって腕を組む。口は悪いけど、ちゃんと気にかけてくれるのだ。

「じゃ、やってみな」
「わかった」

 トウヤ君の声を受け、ボクは早速手入れを始める。まず、砥石を軽く水で洗い、その上に金剛砂を少しだけ載せる。その上から水を一すくいして、ナイフを当てて研ぎ始める。ざらざらした感じがするけど、すぐに心地よい手ごたえに変わった。

 しばらく研いでから水ですすぎ、もう一回金剛砂と水を少しずつ取ってまた研いで。それが終わると、刃を裏返してもう一回。金剛砂いっぱい水いっぱいはだめみたい。

「おっけ。完璧だぜ」
「ふん、しっかりと出来ているではないか。手順自体は合っているんだ、後は場数でも踏んで自信を持て」

 あまり喋らないゴーズさんが、少しだけ笑う。後は何も言わないで、自分の刀を研ぎ始めた。

「ん、しょっと」

 強めに押して、弱めに引く。十分に研いだら、別の砥石に変えて研ぐ。砥石は二個でワンセットで、粗いもので先に研いで、細かいもので後で研ぐ。刃こぼれしている場合とかは、もっと粗いやつを最初に使うみたいだけど、今は新品を買っているから必要ない。十分に研いだと思ったら、水で流して、ちょっと日に当ててみる。

「わ。ねえねえ、トウヤ君、ぴっかぴか!」
「おう。ばっちりじゃねえか」

 少し目を細めて、満足そうに微笑んでくれる。合格なんだと、ボクはちょっとうれしくなった。いつまでもできない振りをして、トウヤ君につきっきりで教えてもらうのも魅力だけど、役に立つ人だと思ってくれたほうがいい。ほら、確か昔の言葉にも……えーっと、えーっと……

「……トウヤ君、ゴーズさん」
「なんだ?」
「なんだっけ? えっと、彼を……その、なんとかで、なんとかかんとかが危うからずって。ほら、戦いの名言で」
「……“彼を知り、己を知れば百戦して危うからず”か?」
「相手を知っていて、自分のことも知っていれば、絶対に負けることはないよっていう名言だな」

 そうそう、それそれ。ちゃんと覚えておこう。侍のゴーズさんはもちろん、トウヤ君も知っていた。軽そうな人なのに、その裏でこういった深い知識を持ってるところも、ボクはお手上げ。自分のナックルを磨きながら、トウヤ君が続けてきた。

「あの言葉には続きがあってな。“彼を知らずして己を知れば一勝一敗す。彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ず危うし”ってな。相手を知らないで、自分を知っていれば、一回は勝てるけど一回は負ける。確実には勝てねえ。ましてや、相手も自分も知らなけりゃ、戦うたびに負ける可能性は高いってことだな」
「つまり、敵のことは知っておくべきだよね」
「まあ、実際どれほど仕入れられるかっていう現実的な問題もあるがな。それが一番の理想ではある」

 トウヤ君の後ろで、ゴーズさんもその通りだと頷いていた。

 つまり、そういうことだ。悔しいけど、外見じゃミミィには勝てなかった。持っている知識でも、やっぱりミミィには勝てなかった。お金や家柄なんかは、いうまでもなく。しかも、前の町の酒場にいたとき、トウヤ君は隣に座った男の人と好きな女性のタイプについて話していた。よりにもよって、タイプは年上。ついでに、髪も長くて胸もおっきい人がいいみたい。

 ……ミミィは年上で、髪は長いし胸もおっきい。ボクは……年下だし、小さいし、胸もほとんどぺったんこ。外見じゃ、全然ミミィには勝てないのだ。

 しかも、ミミィはお金持ちだし、家も貴族。対するボクは、お金もなければ人間扱いすらされない、奴隷の娘。あきらめようとは思ったけど……ミミィの中身は最悪だった。家柄を自慢したりしないのはいいけれど、それでもボクはミミィのことが嫌いだった。

 奴隷の僻みかもしれない。だけど、努力はしない、準備はトウヤ君に任せっきり、さっきのネズミだって、いやいや触って。依頼書を持ってくるのだって、本当にあれだけの時間がかかったのか、怪しいところだ。

 トウヤ君はそれを見抜くことができなかったのか、あんなのを好きになってしまった。だけどボクは、絶対絶対、あんなやつと付き合ってほしくなかった。当たり前だ。好きな男の子が嫌いな女と付き合うのを、一緒に旅しながら見せつけられなきゃならないのだ。だけど、ミミィはトウヤ君を振り、ボクがトウヤ君をあきらめようとした理由である、奴隷という身分についても、トウヤ君は気にしないと言ってくれた。そして、本当に気にしないでいてくれた。あれは本当に、涙が出るほど嬉しかった。

 だったらもう、遠慮なんかしない。こっちも本気で、トウヤ君を落としにかかる。だけど、家柄もお金もある上にすっごく美人のミミィには、どう頑張っても勝つことはできない。

 だから、中身で勝負をかける。トウヤ君が望んでいることを見て、トウヤ君のためにボクは動く。運がいいのか悪いのか、ミミィはトウヤ君を振ってくれた。くれたって言い方はどうかと思うけど、実際にミミィは中身最悪。それでも本当のところを言えば、勝つのはかなり難しいと思う。ミミィはいろいろ使えるのに、ボクはボクだけで勝負しなくちゃならないのだ。

 だけど、トウヤ君と一緒にいるべきなのは、あんな女なんかじゃない。だからボクと……とは言えないけれど、あいつよりもボクのほうがまだマシだ。

 トウヤ君が本当に望んでいるのは、自分と冒険を一緒にできるパートナーだ。

 トウヤ君の隣にいるべきなのは、彼の冒険をサポートできる、頼れる人間のはずなんだ。

 ……絶対に、美人で家柄があるだけの、足を引っ張るだけの女なんかじゃない!

「……うわっ!」

 危うく、力をかけすぎてしまう所だった。また折っちゃったら、泣くに泣けない。

 とにかく、ミミィの情報を手に入れて、自分の事も考えて。それで、勝負をかけるのだ。

「後は、練習して自分で研げるようにするだけだね」
「そうだな。頑張り屋なセナちゃんには、後で飴玉を買ってあげよう」
「いらないよそんなものっ!!」

 めちゃくちゃ子供扱いされてる! 確かに、本音を言えば飴玉ちょっとほしかったけど!!

「はは、冗談冗談。ま、俺が教えられることを全部吸収した日には、ご褒美の一つや二つはやるよ」
「……免許皆伝の証、とかいうやつか?」

 微妙な顔して、ゴーズさんが突っ込んできた。トウヤ君はそこまで考えてはいないけどさと返すものの、顔は少し本気みたい。

 あ……じゃあ、あれなら……

「その、トウヤ君……」
「ん?」
「だったら、その……全部覚えられたなら、頭とか、撫でてほしいかなー、なんて……ぁぅ、なんでもない……」

 言ってて恥ずかしくなってきた。いつも頭に触れられるときには、罵倒されて殴られる時だけだった。だけど、逃げ出した先の町で、ある男の子が女の子の頭を撫でてた時、二人ともとても幸せそうに見えたからだ。

 ……と。

「んだよ、そのくらいなら今の段階でも十分だぜ。ほれ」

 トウヤ君の手のひらが、頭の上まで伸びてきた。縮こまったボクの頭を、トウヤ君はそっと撫でてくれる。

「わ……」

 大きかった。あったかかった。仲間としてだろうけれど、大事にされている気がする。

「え、えへ、えへへぇ……」

 安心できる、手のひらだった。ほっとできる、感触だった。

 

  

 

 
 
 
 
 
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