五話


「とまあ、大体こんな所だな」

 ネズミの群れを全滅させて、俺はそのうちの一匹に片膝をついた。魔物退治の依頼の時は、退治した魔物の一部を証拠として持ち帰らなければならない。ネズミの魔物なら、大抵は尻尾か。前歯を削ぎ取るのもいいかもしれない。

「尻尾にする〜? 前歯にする〜? それともぉ……」
「尻尾にしよう。前歯は硬くて剥ぎ取るのが面倒だ」
「あいっかわらずギャグの通じねえ男……」

 とはいえ、拾われても逆にキモいので、俺たちはそのまま剥ぎ取り作業を開始する。ゴーズは刀でも剥ぎ取れるが、残りの三人はそうではない。そのため、剥ぎ取り用に買ったナイフを使って作業をすることになる。普通のサバイバルナイフと混用すると地獄を見るので(特に料理時とか)、区別して使うのが冒険者としての常識である。服が汚れるのが嫌なのか、ミミィさんは体育座りはしたものの、スカートにはしっかりと覗き対策を打っている。ちくしょうめ。

「それにしても、ネズミは変な病気を媒介しそうで怖いですわね。私は正直、触りたくありませんわ」
「そう?」

 一方、俺たちのように片膝を突いて、ネズミの尻尾を切り落としていくのはセナちゃんだ。前からそうだったのだが、この辺の汚れ仕事には一切抵抗がなかったりする。ゴーズもそこは認めているのだが、眉の一本も動かさずにネズミを掴んで尻尾を剥ぎ取る女の子ってのもどうなんだろう。役に立っているからいいのだが。

「手際が悪いぞ、ミミィ」
「なっ……」
「おいおい、無理もねえから、言ってやるなって」

 ゴーズの駄目出しが飛び、ミミィさんが少々の怒りを込めて睨み返す。苦笑が浮かぶのを感じながら、俺はそれを止めてやった。

「無理っぽいなら休んでていいぜ。六十センチのネズミなんて、俺だって軽く引くとこあるしな」
「常々思うのだが、貴様は女に甘くないか」
「っていうより、ミミィさんはパーティのアキレス腱だろ? うっかりダメージでも受けようものなら、危険度は桁違いに跳ね上がるぜ」
「医術士をやっている人間が、毒性に理解がないとも思えん」
「う……」

 ゴーズの最もな指摘に、俺は言葉に詰まってしまう。確かに、そういえばそうだ。反論の言葉は見つからず、俺はため息をついて誤魔化す。とりあえず、この場はミミィさんは庇えたはずだ。

「……あれ? 振られたんだったら、庇う必要なくね?」
「ん? 何か言ったか?」
「ああ、いや、なんでもねえ。それはそうと、何匹ぐらい狩ればいいんだ?」
「さあな。根絶するまで狩るわけにも行かないから、大規模な群れだけ討伐すればいいだろう。とりあえず、二百ほど削ればいいんじゃないか」
「二百か。あー、めんどくせ」
「なら貴様はそこでミミィとでも戯れていろ。拙者は――」
「――っ、だめぇっ!」
「うおっ!?」

 いきなり発された大声に、ゴーズが思わず動きを止める。セナちゃんは『憤然と』という言葉が見事に当てはまるような仕草で立ち上がると、拳を握り締めて力説した。

「と、トウヤ君だって、役に立つじゃん!」
「女に現を抜かしたせいで、骨抜きになった軟弱者など必要ない」
「ご、ゴーズさんだって、一人だったらその、どうなるか分からないじゃない!」
「いやいや、そこまで庇ってくんなくていいから」

 というか、めんどくせえとかほざこうが、結局仕事はするのだが。この二人、ジョークが通じないのだろうか?

 ため息を吐くと、ミミィさんと目が合った。一瞬反応に迷った俺に、ミミィさんはくすっと微笑んでくる。

「…………」

 笑みを返すが、どうにも居心地が悪い。逃げるように、俺は剥ぎ取り作業へと戻るしかなかった。


――――――――――――――――――――――――


「……ようやくこれで二百か、おい?」

 五つ目の群れを全滅させて、トウヤ君がうんざりしたような声を出した。確かに、薄暗い地下道でネズミばっかり倒していたら、うんざりするのも分かる気がする。

「そういえばトウヤ君、二百匹ぐらい倒すって言ってたけど、依頼書にそう書いてあったの?」
「いんや、別に? 二百はゴーズの直感だぜ」
「よく言うわ。お前とて、同じような結論を出しただろう」

 聞いたボクに、トウヤ君は頬をかきながら返した。その横でゴーズさんが付け加えるけど、ボクの疑問はまだ解けない。

「全部倒しちゃだめなの?」
「んー、まあ、ネズミだって自然の一部だからな。全部倒しちまったらまあ、面倒な影響とかあるんだろ。前、どっかの冒険者がネズミを全部倒したら、次の年から馬鹿みたいにゴキブリが出て大変なことになったんだってさ」
「ネズミはゴキブリを食べてくれるってこと?」
「じゃねえの? 俺、生物学は詳しくねえから、分かんねえや」

 あくまで、異常発生したものを倒すというだけにとどめるみたい。生物学に詳しいのは確かミミィだったけど、何か悔しいから聞きたくない。

「ネズミは昆虫や魚介類、肉も食べる雑食性なのですよ。トウヤさんの言った通り、ネズミも自然の一部なのです」
「そうなんだ」

 振ったおまえがトウヤ君の名前を口にするなと、全く関係のない言いがかりをつけたくなったけど、ここはぐっと我慢する。そんなことをしたら、それこそトウヤ君に嫌われてしまう。

「じゃ、残りをぱぱっと剥ぎ取っちゃおうか」
「そうだな。じゃあセナちゃん、そっち頼めるか?」
「りょーかーい」

 わざと明るい声を出して、自分を元気付ける。剥ぎ取り用のナイフを出して、尻尾を切ってから頭を落として、毛皮をべりべり。残った肉と切った頭は、そのまま地下水道の水中にぽい。

「よく触れますね、そんなものに」
「慣れれば平気だよ?」

 っていうか、昔から下水道の掃除とか、ゴミ捨て場……ダストシュート? っていうんだっけ? の掃除とか、トイレの掃除とか死体処理とか、汚い仕事だけで言っても、いろいろやらされてきたんだから。おまえみたいな貴族なんかと一緒にするな。おまえたちが笑っているその裏で、ボクらがどれだけひどい目に遭わされたと思ってるんだ。

「あの、なんか、怖い顔をしていますけど……何か、あったのですか?」

 ……話せるわけないだろ。トウヤ君に話しちゃったのだって、たまたまだったんだ。あ、でも、気にしないって言ってくれたことは嬉しかったな。それに、今は……今だけはトウヤ君に褒めてもらえるスキルだから、ちょっと嬉しい。

「……ほ、本当に何があったのですか? その、今度はニヤついてますけど……」

 ……でも、それも今だけなんだよね。きっと、そのうち……

「……あ、あの、セナさん? どうして、今度は難しい顔を……」

 うるさい、騒ぐなーっ!

 

 ぼきっ

 

「あ」

 剥ぎ取りナイフが、折れてしまった。


――――――――――――――――――――――――


「まあ、まあ、形のあるものはいつか必ず壊れるわけだからな」
「ごめんなさい……」

 苦笑する俺の前で、セナちゃんはしょげかえってしまっていた。何も剥ぎ取りナイフ一本でそこまでかしこまらなくていいのだが、奴隷の性というやつだろうか。今までもずっとそうだったのだが、セナちゃんはこの辺りにやたら過剰反応する。性格なのかと思っていたが、むしろ育ちのほうなのだろう。

 確かに、彼女が奴隷であると考えれば、今までの行動や言動の全てに辻褄が合う。宿屋に行き、外の安酒場で夕食を摂った一昨日をとっても、セナちゃんは一番安いメニューを頼んでいた。一昨日だけじゃない。俺たちの仲間になってから、財布に負担をかけないようにと、いつもそんなことばかりをしていたのではないだろうか。

「……はあ」

 この辺に過剰反応をするのが、幾分かわいそうになってきた。折角だし、報酬金が出たら、いいナイフを買ってやろう。

「ま、いーや、後何匹?」
「六匹……」
「ほいほい、任せとけーな」

 尻尾を切って頭を落として、毛皮を剥ぎ取る。残った肉と切った頭は、そのまま地下水道の水中にぽい。何を隠そう、この手順は俺がセナちゃんに教えたのだ。

 それにしても、一回で覚えてくれるとは、先輩冥利に尽きるというもの。しかも、その後輩から想いを寄せられているとなれば……うは、うはは……

「あ、あの、トウヤさん……その、セナさんも笑ってましたけど、ネズミって、そんなに切り心地がいいんですか?」
「はっ! あ、あー、そ、そうなんだよな、な、セナちゃん?」
「ぅぁえ!? う、うん、その、あの、ぬべーっと取れていく感覚が……」
「り、理解できません……」

 安心してくれ、俺たちだって理解してねえ。

 

 

 というわけで。

 ゴーズが依頼主の前でネズミの尻尾を入れた袋をひっくり返し、二百本ちょっとの尻尾がダーッと流れ出るというシュールな光景が繰り広げられた後。報酬金を受け取った俺は、セナちゃんの剥ぎ取りナイフを買いに冒険用品店へと向かっていた。

「金も出たし、いいもん買うか」
「え……でも、高いよ?」
「ばっきゃろ。冒険用品を節約する奴があるか。必要物資だから、共有財産で買おう」

 手に入れた金銭は、その大半を冒険用の共有財産に回している。宿代や保存食代など、冒険必需品は全てこちらでまかなうのだ。残りは均等に四等分して私有財産となり、昨日のミミィさんとのデート代金や、自分用の娯楽品などはこちらで買う。ちなみに宿代は、夕食代は共有財産から払うが、朝食につけるコーヒーや紅茶、スクランブルエッグは私有財産から出すという、謎のルールがあったりする。まあ、宿を取るときは節約のために夕食抜きにしてあるから、その夕食代は宿代の一部として計算しているということだろう。一方、朝食は普通に出てくるので、そこにつけるオマケには自分で出せということか。決めたの俺とゴーズだけど。

「ナイフは……ここか。まあ、三種類もあれば十分かな」

 大都市になれば、十種類ぐらいは売っているのだが。とはいえ、山裾の町にしてはなかなかの規模だ。

「握ってみて一番しっくり来るものを選ぶんだ。あと、今回はククリも選択肢に入れろよ」
「くくり?」
「これだよ。殺傷力の高い大型ナイフ」

 右の棚から取ったのは、先端の部分が大きく膨れた、鎌のようになっている大型ナイフだ。もちろん、長剣どころか短剣にも及ばないが、ナイフの中ではかなり殺傷力が高く、肉食獣にもある程度は対抗できる代物である。今後は山岳地帯にも入るので、うっかりはぐれたときにそんな奴に遭遇しても、多少は対抗できるようにという準備品の意味合いもある。しかし、セナちゃんは小さく眉をしかめて、ククリを握った手を振るった。

「……ごめん。ちょっと、使いにくい」
「そうか。まあ、後衛が接近戦に持ち込まれないように守ってやるのが、俺ら前衛の役目だからな。とりあえず、お前は俺が守るのでククリに関しては今回は問題ないとして……どした?」

 ふと見ると、セナちゃんは何故かうつむいていた。聞くと、なんでもない、とのお返事が。というか、何故ほんのりと頬を染めていらっしゃるのでしょうか?

 何か言ったかなと首を傾げつつ、いくつかのナイフを手にとっていく。と、セナちゃんが服の裾を引っ張ってきた。振り返ると、ちょっともじもじしたような顔で。不覚にも、ちょびっと心臓が跳ね上がる。セナちゃんは少し言いよどんだ後、別の棚を指差した。
「あ、あのさ、なたは?」
「なた? ああ、鉈な。持ってみ」

 ちょっと離れた所に立てかけてあった鉈から、適当なものをチョイスして渡す。セナちゃんは何度か握って振ると、きょとんとした顔で振り返ってきた。

「持ちやすいと思うけど……」
「じゃあ、それでさっきのネズミの解体シーンをイメージしてみ?」
「…………」

 セナちゃんはちょっと沈黙して、目線を別の方角に向ける。やがて、小さな声が返ってきた。

「ちょっと、大変そう」
「だべ? 確かに、大型動物にも結構対抗できるけどな。細かい手作業には意外と向かないんだ。とはいえ、枝を払ったりするのには結構使えるからな。パーティ共有の財産としては持っているけど、解体用に限定するには向かないな」

 あくまで相対的にだが、解体に使うならナイフとかの方が向いている。枝を落としたり草を払ったりするのは、先頭を行く前衛の役目だ。まあ、移動中にはあんまり前衛後衛関係ないが。

「あ、でも、一本買っとく? 枝を払ってくれる役目は、多いほうがいいし」
「あ……うん。じゃあ、お願いしようかな」
「ほいほい、んじゃ頼りにさせてもらおうかね。自分で持てるか?」
「うん」

 確か、持っていた鉈は二本だったはず。予備も兼ねて、買っておくのもいい。そうと決まれば、後はセナちゃんの使いやすい鉈を選ぶのがいいだろう。刃渡り的にも重さ的にも、一番使いやすいものがある。

 って、ああもう、だから値札を見て決めるなっての。実用品なんだから、多少値段が高くたって使いやすいものを選ばなくちゃならないだろうが。

 結局、その旨を一度告げて。遠慮がちに渡されてきたもの――といっても、かなり安いが――を、預かった。後は目的のナイフだけだ。

 戻ってきたセナちゃんは、振りにくそうだったククリは除外。幾つかのナイフを手に取って(値札をチラ見していたことは見なかったことにする)、最終的に二本のナイフに絞り込んだ。

「ねえ、トウヤ君。こっちとこっち、どっちがいいと思うかな?」
「いや、だから俺に聞くなよ」
「そうじゃなくて、こっちのほうがよく切れそうなんだけど、こっちのほうが握りやすいの」
「ああ、なるほどな。……ちょっと、貸してもらえるか」

 差し出されたナイフを受け取って、セナちゃんの顔と見比べながら真剣に吟味する。人のナイフを選んだことはあまりないが……多分こっちだと目測をつけて、セナちゃんの方に一本を返した。

「あくまで俺の意見だけど、握りやすいほうがいいと思う。いくら切れそうなナイフでも、力がかからなければ切れないからな」
「ん、分かった。ボクも、こっちだと思ってたんだ」
「そりゃどうも。で、その理由は?」
「えっとね、手入れがしやすいのはこっちかなって」
「なるほど」

 自分なりにしっかり考えてくれたようで、何よりである。結局、セナちゃんの選んだナイフと鉈の二本を持って、パーティ財産からお会計。

「ほい。じゃあ、これからもまたよろしくな」
「ん。こちらこそ、よろしくね」

 嬉しそうに受け取ってくれる様子を見ると――プレゼントは鉈なのだが――いい買い物をしたと、しみじみ思う。

 パーティ財産からの出費だから、自分の財布には一ダメージもないことに安心してるんじゃないんだからな? ほんとだからな?

 ――っていうか、やばい。本当に女の子に甘いかもしれない。内心でちょびっと頭を抱えつつ、セナちゃんと一緒に河原へと向かう。セナちゃんは手に入れた鉈が嬉しいのか、ぶんぶか振り回しながら上機嫌に着いてくる。つか、危ねえ。

「おーい、ゴーズー。おまたせー」
「おう、トウヤにセナか。そっちが洗い終わった奴だから、反対側から取ってくれ」
「ほいほーい」

 河原で洗っているものは、先ほど剥ぎ取ったネズミの毛皮だ。当然のことながら、魔物を倒しても金銭なんぞは手に入らない。しかし、やつらが持つ鱗や角、甲殻といったものは優秀な武具の材料にもなるため、俺ら冒険者はこれを剥ぎ取って換金し、路銀や金銭を手にしている。かの有名なスライムも、接着剤のような使い方が出来たりするのだ。

 しかしながら、放置しておくと獣臭というか、ひどい場合は腐臭もする。当然そんなものは安く買い叩かれてしまうため、しっかりと下処理をしておかなければならないのだ。魔物を倒して金を得るには、こうした人知れぬ努力がある。

「それにしても、思ったよりも早かったな。女の買い物は時間がかかると聞いていたが」
「いやあんたね、時間がかかるって、別にお洒落用品買ってるわけじゃないんだから」

 冒険者の用具選別も時間はかかるが、女性のお洒落品ほどではない。冒険者の用具選別と女性のお洒落は命がけだなんて言うが、デザインなんかに左右されることが少ないため(粘る奴はとことん粘るが)、相対的にかかる時間は少なくなるのだ。

「ミミィの持つものは一級品だったがな。あれが破損でもしようものなら、丸三日探し回るとも言いかねん。その辺、セナは少し楽であるな」
「んー、まあ、確かにねー。それにしてもあんた、いっつもミミィさんのこと持ち出すね? もしかして、ミミィさんのこと好きだったり?」
「馬鹿を言うな。お前ではあるまいし」
「……忘れようとしてるんだから勘弁しろよ」

 余計なことを言い出したのは確かに俺だが。そういえば、ゴーズには振られたことは話してなかったんだっけ。最も、昨日の夕食の時点で何かを読み取ってくれたようであるから、一々言わなかったのだが。

「なんだ、やはり失敗したのか」
「ずけずけ言うなぁ……」
「い、いいんだよ! だってあの女金遣いは荒いし、成功しちゃったらトウヤ君どころかパーティ財産まで使っちゃうじゃん!」
「まったくだ」

 セナちゃんのフォローは嬉しかったが、あの女って言い方はどうなんだよ。突っ込もうとした俺だったが、その前にゴーズが超大真面目な顔で同意してしまったので、思わず牙を折られてしまう。

 ……まあ、確かに金遣いは荒いんだよな。一理あるので、出てきた言葉は軽い注意になってしまう。

「セナちゃん。いくらなんでも、あの女って言い方はよそうな」
「……はぁ〜い」

 ぶーたれた顔だった。

 

 

「終わったーっ!」
「たーっ!」

 毛皮二百枚を洗い終えて、俺は大きく伸びをする。同時に洗い終えたセナちゃんも、同じように伸びをした。後は、本日のお仕事は部屋中にロープを張って、毛皮を干しまくるだけである。

 にしても、マジで手がいてぇ。こりゃ明日は休みたい所だが、そうぐーたらしまくっていては、いつまでたっても旅立てない。

「ところで、ミミィさんは何をやってるんだ? 最後まで来なかったが……」
「明日の仕事を探すとか言っていたぞ。……その割に、随分と遅いがな」
「嫌そうな顔だな」
「嫌なのだから仕方があるまい。そもそも、拙者はミミィに同行の許可を与えた覚えはないぞ」
「へいへい、悪ぅござんしたー」

 仕方が無いだろう。医療術士なんてのは、かなり貴重な職業なのだから。ああもう、いっそ嫁に欲しかったぜ。

「……トウヤ君。今なんか、ヤなこと考えていなかった?」
「……滅相もございません」

 セナちゃん、もしかしてエスパーとか持ってるんじゃないだろうか。

「馬鹿な言い争いをしていないで、さっさと部屋まで持ち帰るぞ」
「争ってはねえって言うべきか、てめーの現実主義に突っ込むべきかどっちだ?」

 既に洗った毛皮をまとめ、運搬体勢に入っているゴーズにジト目を向けるが、どこ吹く風と立っている。きっちり三分の一だけ持ち上げられているのを見て、俺はおいおいとため息をついた。

「もうちょっと持てよな」
「何を言っている。きっちりと三等分しているだろうが」
「じゃなくってさー、セナちゃんは女の子なんだぞ。少しは気ぃ配ってやれよ」
「女である前に仲間だろうが。その辺りのことを四の五の言うな」
「お前なぁ……」

 ほんっとに、融通が利かないというか、なんというか。仕方がないので、残った部分の六割方を持ち上げた。が、セナちゃんはううんと首を振ると、残りを持ってやってくる。

「いいよ。半分ずつ持と」
「何言ってやがる。野郎には黙って重いもん持たせときゃいいんだよ」
「だって、仲間だもん。トウヤ君の、仲間だもん。だから、ちゃんと三等分」
「…………」

 ……なあ、この娘、いい娘だよ? どーするよ俺? あわよくばこのまま押し倒して……

 変な妄想を、俺は頭から追い払った。

 

 

 

 
 
 
 
 
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