三話


「…………」

 夜。告白に失敗し、相変わらず独り身になっていた俺は、何をすることもなく天を見上げていた。うまく行くと思っていただけに、そのショックはかなり大きい。

 あの後、宿屋に帰ってきたものの、仲間に心配をかけさせるわけには行かなかった。晩飯の時にも意図して明るく振舞ったが、大丈夫だったろうか。

 というか、精神的にかなりキツい。振られた上に無茶してはしゃいだものだから、その反動が半端ねえ。ちくしょう、ゴーズみたいに元々喋らん奴だったなら、苦労もせずに済んだだろうに。

「……あ……」
「ん……?」

 と、横から、小さな声が耳を打った。俺らと共に旅をしている、もう一人の女の子……セナちゃんだ。

 そういえば、この娘はよく、屋上に来てたんだっけ。ミミィさんのことで一杯で、そこまで頭が回らなかった。

「……よう、セナちゃんか。風にでも当たりに来たのかい?」
「……うん。半分は、ね」

 なんとも、中途半端な答えだ。悪いけど、これ以上今日は頭は回らないんだが。

「……そっか」

 考えることを放棄して、俺はセナちゃんから目線を外す。残り少ない金で買ったコーヒーを啜りつつ、また物思いにふけっていく。

「…………」
「…………」

 微妙な沈黙が、その場を流れる。ちらりと軽く目線をやると、セナちゃんはすぐ隣に座っていた。難しい顔をしていて、何かに悩んでいる素振りである。

 悪いが、今日は悩み事を聞いてやれる余裕はねえぞ。内心で悪態をついた俺に、セナちゃんは言葉を切り出した。

「……どうだった? 今日、デートだったんだよね」
「――お前、聞くか!?」

 晩飯の時には、努めて明るく振舞っていた。壁があるように感じたかどうかはわからないが、少なくとも俺とミミィさんが出していた空気は、恋人同士のそれではなかったはずだ。

 だが。

「え……じゃあ、告白、したの……?」
「…………」

 セナちゃんの言葉は、予想の斜め上を行っていた。どうやら彼女は、晩飯の時に何事も無かったのを、俺が何も言わなかったからだと思っていたらしい。

 しかし、もう余計なことをぶちまけてしまった俺に、誤魔化すという選択肢は残っていない。頭をかきむしって、ため息と共に吐き出した。

「ああ、したよ、しましたよ。お前にするって言っちまった以上、しないままってのは男が廃る。だから、したよ、したともさ。そしたら、あっさり振られちまったんだよ」
「……そう」

 セナちゃんは、どこかほっとしたように頷いて――

 ……ほっとした?

「……おい、セナちゃんよ」
「え?」
「お前、なんで笑ってやがる」
「え!? ボ、ボク、笑ってた!?」
「しらばっくれんじゃねえよ! 思いっきり、笑ってたろうが!!」

 怒りのままにコーヒーを置き、床を殴って立ち上がる。止めろと自分の心が叫ぶが、今日の失敗はそれ以上だった。

「馬鹿にしてんのか、てめえは!? 勝手に浮かれて、失敗する告白のために金の大半をつぎ込んじまって、あっけなく砕けても笑ってる俺を、それこそ嘲笑いに来たのかよ!?」
「――――っ!」
「あいつもあいつだ! 好意がないんだったら、二人っきりで遊びになんか誘うなよ! あんな素振りなんかするんじゃねえよ! 勘違いするような態度なんて取られなけりゃ、告白なんてしなかったのに!!」

 仲間内での告白は、普通の村人同士の告白とはわけが違う。冒険者パーティというものは、常に助け合いながら、いつも一緒に行動せねばならないのだ。その中で告白にしくじってみろ。お互い気まずくて、仲間内での連携も疑わしくなってくる。そりゃ勿論、勘違いした俺も悪いんだけど――

「……悪い。八つ当たりだ」

 叫ぶだけ叫んで、少しだけ落ち着いた。そして、少なくとも、セナちゃんには関係ない話だった。怒鳴りつけて、言いがかりをつけて――今の俺は、最低だ。

「ごめん。できれば、忘れて欲しい」
「…………」

 怒鳴り声に圧倒されていたらしいセナちゃんは、しばらくしてから再起動した。首を振って、立ち上がる。

「ううん。気にして、ないよ」
「……すまん。まあ、その、とにかく、告白して、失敗したんだ。ったく、少しは期待してたんだけどなぁ……」

 こんなんで舞い上がってちゃ、恋愛の駆け引きもへったくれもねーや。これじゃあ、一生彼女なんてできねーかもな。軽口を叩いた俺に、セナちゃんは過剰なくらい反応した。

「そ、そんなことないよ! トウヤ君なら、きっと……」
「……頼むから、そういうフォロー止めてくれないか?」

 たしかにこの娘の言う通り、ないかもしれない。だが、少なくとも今はそう思う。大体、セナちゃんの顔を見て『笑ってる』なんて考えるような状況じゃ、卑屈にもなるというものだ。

「……ごめん」
「いや、いいんだ。なんていうか、気持ちはありがたいからさ。でもまあ、ちょっとこのタイミングでそれは残酷だったかな。そんなことを言うんだったら、実際に俺の彼女になってくれる人を連れて来いとか抜かしちまうわ」

 ああ、本当に俺らしくない。未練がましく、余計なことを付け加えてしまう。これ以上馬鹿なことを言って、セナちゃんとの間まで気まずくしてもたまらないだろう。何せ、明日からは仕事なのだ。ゴーズの奴が見つけてきた、地下水道での魔物退治。戦闘における連携は、メンバーの中では必須事項だ。これ以上ギクシャクしてしまえば、明日の空気にも差し支える。

「……悪い。どうも今日は、脳がやられているみてえだ。明日には元に戻ってるから、今日のことは忘れてくれ」

 と。

「……待って」

 立ち去ろうとして、呼び止められた。

「……なんだ?」
「…………、その……」

 セナちゃんは、何かを言いあぐねている素振りをしている。

 ――それもそうか。馬鹿さ加減に苦笑して、俺は一つ首を振る。

 あれだけ散々喚いておいて、毒も吐いて、八つ当たりして。何もしないで忘れろなんて、あまりにも虫が良すぎる話だ。

 だから、彼女の言うことは、せめて最後まで聞いてやろうと。俺はそのまま、セナちゃんの言葉を静かに待つ。

「……いるん、だよ。トウヤ君のこと、好きな人」
「…………?」

 その言葉は、再び予想の斜め上を行っていた。さっき、そんなフォローを入れるのは残酷だと、告げたばかりだというのに。

 そんなセナちゃんは、その目をこちらに向けている。青く綺麗なその瞳が、今は赤く染まった頬と対称的な色を為して、揺れている。

「今日のことを、忘れてほしいって言うんだったら。これも、忘れて」
「……ああ」

 すぐ傍まで、彼女は歩み寄ってくる。口元が引き結ばれて、少しだけ震える。

 そして――

「トウヤ君」
「なんだ?」

 

「……好き、です」
 

 

「えっ――!?」
「ごめんなさい。もう、我慢、できません。ボクは……トウヤ君が、好きです」
「…………!!」

 そんな、馬鹿な。今、なんて言った? 好きだった? こいつが? じゃあ俺は、自分のことを好いてくれる女の子に、デートの相談をしてたってことか?

 じゃ、じゃあ、なんで……!!


――――――――――――――――――――――――


 言ってしまった。こんなこと、言うつもりなんてなかったのに。

 だけど、言わなければ、絶対後悔すると思った。言っても後悔すると思ったけど、どうせ同じ後悔するのなら、言ってしまったほうがいい。折角「今日のことは忘れてくれ」なんて言ってくれたんだ。こうなったら、もう全部、伝えてしまおう。

「だから……トウヤ君の言ったこと、嘘じゃないと思うんだ。告白が失敗したって聞いて……すごく、悪いと思ったけど。すごくすごく、ほっとしたんだ」

 トウヤ君は、まだ凍り付いているままだ。まさか、本当に気付いていなかったのか。恋は人を変えるというけど、自分の恋に集中していて、こっちのことなんて気付いてもなかった。恋は時に、残酷だ。

「じゃ、じゃあ、まさか……」

 凍っていたトウヤ君は、まだ驚きが抜けない顔で、ボクのほうに聞いてくる。

「お前が、好きな男って……」
「……うん。トウヤ君、だよ」

 心の中に、しまっておくはずだった。だけど、言ってしまった。

「理由なんて、聞かないで。でも、ボクは、トウヤ君のこと、好きだから。だから絶対、ボクの他にも、トウヤ君のこと、好きになる人、いるはずだから。だから、そんなに自分のこと、そんなにひどく、言わないで」
「…………」

 歯を食いしばったトウヤ君は、ふっと小さな笑みを漏らした。だけれども、それは告白を受けてくれたって意味じゃなくて――

「……ふざけんなよ」
「え……?」
「じゃあ、なってくれんのか? お前が、俺の彼女によ」
「…………」

 ――それは、できない。できないんだ。

 首を振ってしまったボクに、トウヤ君は地面に座り込む。

「ふざけんな。そんな下らねえ慰め方、傷に塩を塗りこんでいるだけじゃねえか。ほら、いいぜ? 付き合おうか?」

 ……できないんだ。

 できないんだよ!

「それ見たことか! 好きで、付き合おうかって話まで出されてんのに、何で首を振るんだよ! それって結局、俺のことなんてなんでもなくて、慰めのために言ったんだろ!? 慰めるんだったら、後先考えて慰めやがれ! 忘れろっつったって、こんなの無理じゃねえかよっ!!」
「慰めなんかじゃないんだよ!!」

 それは、本当のことなんだ! ただ、どうしても――

「好きなんだよ! 本当に、本当に好きなんだよ! でも、でもっ――!!」
「じゃあ、言ってみろよ! なんで付き合えねえのか、言ってみやがれ!!」

 立ち上がって、トウヤ君の手が胸倉を掴む。でも、すぐに彼は手を離して、近くの柵を殴りつけた。

 確かに、そうだ。傷付いているトウヤ君に、余計に傷付ける真似をしたのは、このボクだ。だけどボクにも、ちゃんとした理由がある。本音を言えばもちろん付き合ってほしいけど、それが出来ない理由があって。

「……分かった。ちゃんと、言う」

 深呼吸をして、心を落ち着ける。さっきみたいに、感情に任せて怒鳴りつけるようなことじゃない。殴ったことでトウヤ君も少しは落ち着いたのか、まだ睨みつけては来るものの、一応話は聞いてくれる体制だ。

「でも、その前に、これだけは言わせて」
「……なんだよ」
「……トウヤ君。本当に、ボクは貴方が好きでした。ううん、今でも、大好きです。それと……今まで、冒険のこととか、色々教えてくれて、ありがとうございました。一緒に旅をしてくれて……本当に、ありがとうございました。すごく、すごく……楽しい、思い出でした……」
「…………?」

 過去形で話していることに気付いたのだろう。トウヤ君は、不思議そうな顔をする。でも、これで終わりなんだ。トウヤ君の中に、“後輩”は、もう、いられない。

「……あのね」

 

「――ボク、奴隷なの」

 

「脱走した、奴隷なの」


――――――――――――――――――――――――


「なん……だっ、て……?」

 透き通った冬の夜空の下、告げられた言葉は、冷や水をぶっかけられるには十分だった。

 ――“奴隷”。

 この身分社会の最高位が国王で、その次が貴族であるのなら。最下層に位置しているのが、奴隷だった。

 権利を持たず、意志を持つことすら許されず、ただ、単純な労働力として生きる存在。病気になろうが過労死しようが、打ち捨てられる、そんな存在。

 一度だけ、貴族の依頼を受けたことがある。そのとき、身の回りの世話をするため、奴隷を一人つけられたが……あれは、思い出したくも無い、ひどいものだった。あのゴーズでさえ、眉を顰めていた印象がある。

「バリガディス家の、奴隷なの。借りられた先で、逃げ出したの」
「…………」

 淡々と……それでいて、泣きそうな顔で。セナちゃんは、言葉を続けていく。

 確かに、そうだ。奴隷なんかと付き合おうものなら……まず間違いなく、世間からは後ろ指を指されるはずだ。実家からは勘当され、物好きの烙印も押されるだろう。

 だが。

「……悪かった」

 のぼせ上がって、傲慢なことを言ってしまって。彼女の想いを否定して、そんな事を言わせてしまって。つくづく、今日の俺は馬鹿すぎる。

 セナちゃんの瞳から、涙が零れた。当たり前だ。奴隷だと知れば、多くの人は、その立ち居地を変更せざるを得ないだろう。確かに彼女の言う通り、いくら好きでも、想いを口にするなど、出来るはずがない。付き合うなんて、もってのほかだ。

 だけど。

「セナちゃん。ちょっと、聞いてほしいんだ」
「え……?」

 勝手に暴走して、ああまで言わせた責任は、しっかりと取らなければならないだろう。

 そしてそれは、幸運だったのか、不幸だったのか。あまりにも、簡単に取れることだった。

「俺な。七年以上前の、記憶がないんだ」
「え……?」

 壊れた何かのように、同じ言葉が飛び出した。まあ、ちょっと座ろうか。そう言って、俺は床に座り込む。同時に、セナちゃんも床に座ってくれた。理由はどうあれ、話は聞いてくれるらしい。

「俺は、自分が冒険者になる前の記憶がないんだ。自分が何者なのか、いくつなのか……それも分からねえ。トウヤっていう名前だって、うろ覚えのものに過ぎないんだ」
「……記憶、喪失ってやつ?」
「似たようなものかな。ここ五、六年の記憶はあるし、日常生活も差し支えなく送ることができる。ただ……十七っていう年齢は、やっぱりうろ覚えだしさ。名前だって、トウヤなんかじゃないのかもしれない。この、本場の魔術師さえ越えるほどの、爆発的な氷の力もさ。何から得られたものなのか、正直分かっていないんだ」

 手を上向けると、その手に小さく冷気が集う。詠唱もなしに、氷の刃が生まれてくる。力を抜くと、その氷も泡沫のように消え果てる。氷以外は使えないけど、氷だけに限って言えば、セナちゃんの魔法を軽く越える、この実力。そもそも、攻撃魔法の体系でしか存在しない氷の技を、痛覚を凍らせるのに使ったり、軽い冷気で集中力を底上げしたりするような使い方なんて、俺以外にやった奴を見たことがない。

「だからさ。たとえセナちゃんが奴隷だからって、俺は別に気にしないよ」

 普通の人だったら、躊躇するだろう。奴隷なんてと、切り捨てるだろう。だけど、俺にはそんな必要はなかった。後ろ指を指されようが流れ者の冒険者だし、今までセナちゃんが俺らにそうしていたように、一時的な滞在先ぐらいは誤魔化しきることが出来る。勘当される実家はないし、今更物好きの烙印なんて気にしない。

「ああ、ちなみに、その場しのぎの嘘ってわけじゃないからな。ゴーズにも話したことがあるし」

 ここまで言っておいて、それでも蹴るのは、酷だろうか。とはいえ、彼女自身、応えられるとは思っていなかったはずだ。だから……

「……うわっ!」

 言葉を続けようとした矢先、セナちゃんが胸に飛び込んできた。そういえば、途中からセナちゃんの相槌はなくなっていた。顔を見ると、その瞳は涙に濡れている。

「馬鹿っ、トウヤ君の馬鹿ぁっ! 折角、諦めようと思ったのに、そんなこと言われたら、諦められなくなっちゃうじゃんかぁ……!」
「……悪い。それでいて、応えられない俺は、本当に大馬鹿なのかもな……」

 まだ、ミミィさんのことを引きずっているから。さすがに、失恋の痛みは、数時間では消えやしない。

 言葉に詰まりながら、セナちゃんは続けてくれる。その声音と仕草が、自分のことを本当に好いていてくれると、教えている。だけど俺には、何も出来ない。今、何かをしようものなら、ミミィさんと重ねてしまいそうで、怖かったから。

 振られてなお、俺はミミィさんが好きなのだ。その状況で、この気持ちを整理しないままに恋人関係を結ぶなんぞ問題外。それだったら、バッサリ振ってしまったほうがまだマシだ。

 だけれども。失恋直後に告白を食らうという衝撃の事態で揺れた心で、返事をするのはまずい気がする。もっとも、その言い訳を建前にして、逃げているだけかもしれないが。

 だから。

「セナちゃん」

 少女の頭が、動いた。潤んだ瞳と赤らめられた顔が、こっちのほうを見つめてくる。

「今ちょっと、いろいろありすぎて頭が混乱してるんだ。凄く、申し訳ないんだけど……答えは一旦、保留させてもらってもいいかな」
「――――っ!」

 セナちゃんは、何度も首を縦に振った。そのまま、首を伸ばしてきて――

「っ!?」

 いきなり、顔をくっつけてきた。何が起こったのか、一瞬分からなくて。柔らかい感触に気付いてやっと、何をされたのか気がついて。頭が真っ白になった瞬間、何かに歯列をなぞられた。

「んっ……」

 にゅるり、と、セナちゃんの舌が差し込まれてくる。ぴちゃりという音がして、自分の舌が絡め取られる。けれども、それ以上はしてくることなく、セナちゃんの舌は引っ込められる。

「トウヤ、君……」

 顔を離して、少しだけ赤らんだ顔を向けて。セナちゃんはもう一度、告げてくれる。

「ボク、本気だから。そのうちで、いいから。ミミィさんのこと、振り払えたらで、いいから。振り払えなくても……ミミィさんの代わりにしても、構わないから。だから、そのときにまた、返事をください」

 最後にもう一度、胸に顔を埋めてから。セナちゃんは、名残惜しげに離れていく。

「今日は……ありがとう。おやすみなさい」

 止める間もなく。セナちゃんは、屋上から走り去っていってしまった。

 

 

「まさかといえば、まさかだよなぁ……」

 部屋に戻ってきて風呂に行って、戻ってきて布団を敷いて。そろそろ寝るかと明かりを消して、布団の中に入った俺は、ここ数日のミミィさんとセナちゃんの様子を思い返していた。風呂に入ったときから堂々巡りでやってるのだが、まだ混乱しているのか同じ事しか考えていない。

 先ほど、「お前、何かあったのか?」と聞いてきたゴーズには、「まあ、ちょっと」と笑って返した。ゴーズはそれ以上の追及はせず「明日以降差し支えるなよ」とだけ言い残して、さっさと布団に入ってしまった。この辺、ゴーズはありがたい。

 しかし、マジで波乱の一日だった。好きな人への告白を決意し、朝からそのことばかりを考えて緊張したり散財したり。しかも告白はものの見事に玉砕し、凹んでいたら後輩としか思ってなかったもう一人の女の子がやってきて、八つ当たりしたら涙ながらに告白され、ついでに衝撃の事態をカミングアウトされてしまった。これは一体どうしたものか。

 セナちゃんの言葉が、俺への慰めのために紡ぎ出されたものだと思えるほど、俺の頭はめでたくない。最後にキスされて舌を入れられて、でもそれ以上はしてこなくて。あの行為が、彼女の気持ちが本物であると告げている。そして、告白自体にも、返事は強要しなかった。多分、俺のことを気遣ってくれたのだろう。

 しかし、面と向かって告白をされてしまった以上、面と向かって返すのが義理だと思っている。気遣ってくれていたとはいえ、本来ならあの場所で、返事をするのが筋だろう。

 しかししかし、昼間は好きな女の子と二人で遊んでいたことや、その子への告白、それの失敗でダメージを受け、さらになんとも思っていなかった少女からの突然の告白で、大混乱に陥っていたのは言うまでも無く。今回は、彼女に甘えて返事を保留させてもらった。

 彼女が自分にはもったいない――などというのは、奴隷という身分の鎖で考えればどうしようもなく。この社会、むしろ逆になってしまう。だからこそ、彼女は今まで、俺に何も言わずに我慢してくれていたのだろうから。

 というわけで、問題は一つ。全ては、自分の気持ち次第である。幸か不幸か、ミミィさんには告白を終え、ついでに振られてしまっている。となると、後はいかに気持ちを切り替えるかが鍵だろう。恋はし勝ちだとか、一度振られてももう一回ぐらいはアタックしろだとか、巷でよく言われているが、本当に俺のことをなんとも思っていなかった場合、冗談抜きで空気は悪くなってしまう。まあ、その割には、脈アリと取れるような行動をよく取ってきたが……読めなくなってしまった彼女に、これ以上のアタックはリスクが高い。自分だけならいざ知らず、空気と連携にヒビが入れば、メンバー全員を危険に晒す。その中には当然セナちゃんも含まれるわけであり、それだけは絶対に避けたいところだ。

 熟慮の末、少しだけ納得いかないのだが、ミミィさんへの気持ちは諦めるという結論を出した。自分の恋愛観としては、振られても一回はアタックし、それでも駄目なら諦めるというものだったが、セナちゃんを巻き込むリスクは取れない。

 自分に想いを寄せてくれる娘がいるのは、決して悪い気分じゃない。ミミィさんへの告白には失敗してしまったというのに、また随分と現金なものだ。

(よっしゃ。そしたら、振り切ったら返事をしますか!)

 それが、いつになるかは分からないけれど。なるべく早く振り切りたいと、セナちゃんのためにも強く思う。

「そうと決まれば、今日は寝るか」

 ともすれ、いろいろあって疲れた。それに明日からは仕事だし、いつまでもいろいろ考えていたら差し支える。布団の暖かさに身を任せ、俺は眠る体勢に入った。

 少なくとも、自分に男性としての魅力が無いんじゃないかという不安は、セナちゃんからの告白で吹っ飛ばされていたのだろう。失恋したはずの日なのに、穏やかでこそなかったが、寝つきが悪いということはなかった。

 

 
 
 
 
 
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