十六話


――――――――――――――――――――――――


「ただいま戻りました」

 入り口の扉がゆっくりと開き、ミミィさんが帰ってきた。だが、セナの姿は見当たらない。ゴーズは瞑想をしていたようだが、その目は既に開かれていた。

「ミミィ、セナをどうした」
「女の子の用事に、野暮を言っては駄目ですよ。それより、トウ――」
「トウヤ!」
「ちいぃ!」
「ちょ、ちょっと、トウヤさん!?」

 用を足しているとでも言いたいのか。そんなことを思えるほど、今の状況を楽観視できる俺じゃない。そんな事を思うと同時、ゴーズの声が駆け抜ける。思っていたことは一緒か。即座に武器を引っつかみ、山小屋の外へと飛び出していく。後ろでミミィさんの声がするが、構っている状況じゃない!

「セナ! セナ!!」

 大丈夫だといわんばかりだったから信じて送り出したものの、やっぱり愚かな選択だったか! 自らの甘さを呪いつつ、わずかな光を頼りに走る。

 大して離れていない場所で会話をしていたからか、セナはすぐに見つかった。だが、様子がかなりおかしい。両手で耳を押さえ込み、うずくまるように震えている。

 

 ミミィさんが、何かを言ったのか。

 ……ミミィさん、が。

 

 ミミィさん、が。

 ミミィ、が……

 

 セナの体が、震えている。

 

 ……あの、女。

 

 ――あの女、人の恋人に何やりやがったぁ!

 

 震えるセナの姿を見て、何かがぶつっと切れ落ちた。だがそれよりも、今は彼女の方が先だ!

「セナ!」
「あ……トウヤ、君……」

 ……君? トウヤ“君”?

「セナ、無事か!?」
「あ……め、さ……」
「え?」
「ごめん、ごめん、なさいっ……! ボク、トウヤ君の気持ちも、考えないで……!」
「……ああ?」

 いきなり、わけの分からないことを言いやがる。後退りするセナだったが、生憎足の速さには自信がある。

 行動を許さず距離を詰め、セナの両肩に手を置いた。逃げようとする体を押し留めて、正面から彼女に問いかける。

「……ミミィに、何か言われたのか?」
「あ……ボク、ボク……」
「答えろ、セナ! ミミィの奴に、何か余計なこと言われたんだろ!?」

 語気を荒げて聞いてやると、セナは首を縦に振った。やっぱりか。

 こういう誤解は早目に解いておかないと、取り返しのつかないことになりかねない。

「言ってみろ、セナ。何言われた」
「トウヤ君、ボクのこと、重荷に思ってるって……」
「……は?」
「仮にも彼女であるボクのことをほったらかして、他の女と二人っきりで山菜摘みに行ったのがいい証拠だって!!」
「あのなぁ……」

 馬鹿らしくて、言葉も出ない。

「お前のことを重荷に思うわけないだろうが。つーか――」
「嫌だ! 嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だあぁっ!!」
「お、おい、セナ?」
「聞きたくない聞きたくない、聞きたくな――んぐっ!?」

 絶叫を撒き散らす唇を、問答無用でふさいでしまう。肩に置いた手を背中に回して、逃がさないといわんばかりに抱き締める。唇を離して、セナに告げた。

「これ以上暴走したら怒るぞ、セナ」
「――――っ」

 何度か彼女は暴れるものの、格闘技で戦っている戦士の力には敵わない。ついでに、さっきの俺の言葉も響いたのだろう、すぐに大人しくなってくれた。

「……で。あいつは、俺がお前のことを重荷に思ってるとか抜かしやがったのか?」
「そう、トウヤが言ってたって」
「言ってねーよ。つか、重荷にも思ってねえよ」
「思ってるよ」
「思ってねえって」
「思ってるよ! だってミミィの言った通り、彼女であるボクのことほったらかして、他の女と二人っきりで山菜を摘みに行ったじゃない!!」
「そりゃそうだろ、お前のほうがミミィより頑張り屋さんなんだから」
「……え?」

 うん、言って気付いたけど、かなりややこしい言い方になってるな。

「要するに、セナはいつもやる気を出してくれてるだろ? 土仕事なんて結構汚れるし、そんな仕事を珍しくミミィさんが希望したんだ、そっちにしないと損じゃねえか」
「……え、え?」
「汚れ仕事なんて、誰だってやりたくねえだろ? 食材調達とか、今までミミィが希望したことがあったか? ほとんど、食事当番ばっかだったろ?」
「あ……うん、そういえば……」
「だろ? だけどお前は何も言わないし、ちゃんと余りものを持ってってくれるし、どんな仕事でもやってくれるし。正直、後回しにしても大丈夫だと思ってたんだ」
「…………」
「それにほら、言い出したのはミミィの方が先だったから。だから、単純な順番でってこともあるな。少なくとも、重荷に思ってるってことはねえよ」

 セナは、しばらく黙ったままだった。しかし、ほんの少しだけ時間が経って、彼女はすぐに口を開く。

「……ごめん」
「ん?」
「ごめんなさい。トウヤのこと信じなくて、勝手に癇癪起こしたりして」
「気にすんな。別にセナは悪くねえよ」

 悪いのは俺と、ミミィの二人だ。それにしてもあの女、セナまで引っ掻き回しやがって。見事に振られたもんだから、好意は寄せられてないのは分かる。分かるんだが、新しく出来た恋人に嫌がらせしてまで空気を悪くするってことは、そんなに俺が嫌いなのか?

 しかし、メンバー内での連携も重要になる冒険者に、そんな行動はご法度だ。このことに関しては、後からきっちり注意を促しておくとして。後はセナに、今後このようなことがないよう、こいつも伝えておくだけだ。

「セナ。とりあえず、こいつは覚えとけ」
「……なに?」
「セナは俺に、手紙でも言伝でもなく、正面から告白してくれたな?」
「うん」
「だから、俺は正面から答えを返した。あの時はミミィさんへの気持ちは整理しきれてなかったけど、それでも俺なりに正面からお前に答えたつもりだ」

 今は、一体どうなんだろうか。

 昨日今日とセナと一緒に行動して、ミミィの影はかなり薄れた。セナが帰っていないことを知り、ミミィの呼び止める声も無視して飛び出した。それは恐らく、ミミィよりもセナを大切に思い始めた証拠だ。

「だから俺は、万が一お前と別れたいと思ったときにも、正面から直接お前に言う。それが今まで付き合ってくれた女の子への、そして正面から告白してくれた女の子への礼儀だと思っているからな。少なくとも、こそこそと陰で悪口言うようなふざけた真似はぜってぇしねえ」

 ああ、もちろん今の所お前と別れたいなんてこれっぽっちも思ってないからな。不安げに揺れたセナの顔に、そう付け加えて続けてやる。

 ――あ、顔を埋めてくれた。頭を撫でてやると、セナはこちらを見上げてくる。照れたように微笑む顔に、俺も笑みが漏れてくる。やれやれ、やっと笑ってくれたな。セナは腕を俺の背中に回してくると、軽く背伸びして、目を閉じる。

「トウヤ……」
「…………」

 それをねだられて、応えないわけもなく。その唇に、もう一度唇を重ねてやる。舌は、入れない。なんとなく、そんな雰囲気じゃないような気がした。顔を離すと、セナはもう一度顔を寄せて、耳元で甘く囁いてきた。

「……大好き」
「――――っ」

 せっかくいい感じになったんだから、ここで理性を吹っ飛ばすことを言わないで頂きたい。心臓が思いっきり跳ね上がったが、どうにか耐えた。そんなセナは、再び顔を埋めてくる。ぐりぐりと、胸に額を押し付けてくる。

 なんだ、この可愛い生物。

 

 

 時間は、少しだけ巻き戻る。

「ちょ、ちょっと、トウヤさん!?」

 女の子の用事に、野暮を言っては駄目ですよ――そうトウヤさんに言うや否や、ゴーズさんの鋭い声がしました。トウヤさんは舌打ちをすると、ナックルを掴んで飛び出します。呼び止める声など、耳に入っていないかのよう。

「――待ってください、トウヤさん!」
「待つのは貴様だ、ミミィ」

 大急ぎで、彼の背中を追おうとする。

 それなのに、トウヤさんは、振り向きもしない。

 どうしてよ。貴方、私のこと、好きなんでしょう? どうして、好きな人の呼び止める声に留まらないのよ!

 追いかけようとするものの、その私へゴーズさんの声が追いかけてきました。反射的に、振り返ると――

「――っ」

 修羅。そんな形相をしたゴーズさんが、私を睨み据えている。

「な……なんですか……?」
「貴様、セナに何を言った」

 淡々とした、侍の声。感情の読めない、不気味なほどに平板な声。その目が、静かに据わっています。

「…………っ、く…………」

 ――怖い。

 この男が本気で怒った姿を、私は初めて見た気がします。反射的に、恐怖を覚えて。喉を潰されたかのように、私の声は出てきません。

「まあいい。トウヤとセナが帰ってきたら、後で全て聞かせてもらう」

 帯電した眼光が、私から静かに外されて。目を閉じて、ゴーズさんは再び瞑想の体勢に戻ります。

 こ、この男も、消しますか?

 いや、無理だ。あの眼光の持ち主を、あの隙のない男を、始末するなんて出来るはずがない。彼のことなら、寝込みを襲っても失敗に終わるかもしれない。

 捨て身で行けば、倒せるかもしれません。ですがそれでも、相打ちは覚悟しなければならないでしょう。そうなったら、見事に漁夫の利を得たあの奴隷は嬉々としてトウヤさんを連れて行ってしまうわけで。それでは本末転倒です。

 家族を見つけて、その家族とみんなで一緒に、トウヤさんも加えて旅をする。それが、私の夢なんだ。あんな奴隷ごときに掻っ攫われて、のうのうと許せるわけがない。

 まだまだ、殺害は諦めていない。どんな手を使おうが、トウヤさんをあの奴隷から引き離して、再び私に振り向かせてやる!

 とはいっても、現実問題、どうやって。

 悩む。それにもう、失敗は出来ない。家族を見つけるまでは、このメンバーで行動しなければならないのですから。最も私は、このメンバーの中ではトウヤさんだけいれば後はどうでも構わないのですが。

「帰ったぞ」

 扉が、開く。トウヤさんが、帰ってきた。

 ――忌々しい奴隷と、手を繋いで。

「――――っ!!」

 瞬間、狂おしいまでの憎悪が、腹の底に渦巻いていく。

 しかし……

「…………っ」

 後ろから叩きつけられた眼光が、私の心を萎縮させた。

 

 

「…………」

 山小屋の中に帰ってみれば、ミミィがセナに壮絶な眼光を向けてきた。しかし、次の瞬間、その体はびくりと跳ねる。セナがほんの少しだけ、怯えるような表情をした。ゴーズはゆっくりと立ち上がり、ミミィの近くに座り直す。

「まだ、一方的にセナから話を聞いただけの段階だから、詳しいことは言えねえが。お前、勝手な推測で言いたい放題言ってくれたみたいだな」

 自分でも驚くほど、冷たい声が喉から出た。かつて好きだと言った女性は、振られてから、セナに告白されてから、恋人同士になってから。少しずつ、だが確実に、ゆっくりと影を薄くしていき。

 それでも今までは強い影響を持っていたが、セナを階段から突き落とした時点から、急速に感情は冷え込んでいった。

 そして、先ほど。震えるセナの姿を見て、彼女への好意は、完膚なきまでに砕け散った。

 同時に心に現れたのは、自分の恋人を酷い目にあわせてくれたことへの“怒り”。どんなに腹立たしい相手だろうが、メンバーを組んでいる以上は、やっていいことと悪いことがある。

「なんだって? 俺がセナのことを重荷に思ってる? セナをほったらかしてお前と一緒に山菜を摘みに行ったのは、それのいい証拠だってか?」

 腰を下ろして、俺はミミィに問いかける。左隣にセナ、右隣にミミィ。正面には、ゴーズ。車座を作った状態だが、さながら査問会のようだ。

「セナがお前に言われたのは、その事だって言ってたが。何か訂正や異義があるんだったら、とりあえず言ってもらおうか」
「…………」

 しばらく待つが、ミミィは黙りこくっている。その口が何度も開きかけては閉じている所を見るに、何かを言いたいが、どう言葉にしたらいいのかが分からない――そんなところか。しばらくそのままの沈黙が続き、それを破ったのはゴーズだった。

「特に言葉がないということは、一部の隙もなく合っていたということでいいな」
「……それは」
「なんだ?」

 弁明の声を拾ったゴーズに、ミミィは再び黙ってしまう。ゴーズはふうと息をつき、俺らに話を振ってきた。

「トウヤ、セナ。拙者はお前たちの話を聞いたわけではないから、詳しい顛末はほとんど知らん。何があったのかは、お前らが話せ」
「分かった」

 なんでこの人がこんなことをしたのかは知らないが。とりあえず、言いたいことは言わせてもらおう。

 と、その前に。上から押し付けるような言葉遣いでメンバーを硬化させてもいけないので、一旦深呼吸して心を落ち着ける。

「ミミィさんさ。今までもこうやって、野宿なんかをしたことはあったけどよ。そういう場合も、食料調達か調理係かっつったら、ミミィさんはほとんど調理係を希望してたろ?」
「……そう、ですね」
「まあ、俺らの中で一番料理が上手いのは実際ミミィさんだからさ、その選択肢は割と正解なんだけど。だけど、セナに比べればミミィさんは食料調達に行く回数は少なかった」

 多少違うかもしれないが、大体いつも通りの俺の口調。よし、問題ない。

「だから、食材調達……外回りを教えるのは、セナの方が機会が多い。だから、なるべく機会の少ない方を優先した。ついでに、今日の役割分担を言い出したのはミミィさんが一番最初で、特に異議はなかったから、それをそのまま受け入れた。それ以上でも以下でもなくて、特に深い意味もない」

 厳密に言えば異義はセナから上がったものの、あんなものは可愛いもんだ。一言言えばすぐに引っ込めた辺り、筋が通らない文句だったことは本人も自覚しているのだろう。

「まあ、お前がセナを快く思っていないのは分かる。だがな、冒険者っていうくくりで行動しているなら、そんなくだらん考えは捨てろ。少なくとも、冒険中に足を引っ張り合うなど論外だ」

 組織は馴れ合いなんかではなく、合理性が第一だ。もう少し愛想良く出来ないのかと尋ねた俺に、ゴーズが答えた言葉だった。確かに、組織内における馴れ合いや、情を捨て切れなかったために、悲劇的な結末を迎えた例は、何よりも歴史が証明している。だからこそゴーズも、特に恋愛には強い反対を示しているのだが、それ以上に足の引っ張り合いは問題外だ。

「セナの身分と俺がやらかした馬鹿のせいで、バリガディスの領土一帯に入れなくなってしまったことは謝る。だけれども、確かミミィさんはセナをバリガディスに連れ戻すことには、賛成の立場だったはずだ。あんた一人だったら、戻ることも出来るだろう」
「っ!!」

 ミミィが息を呑む音が、嫌に響いた。ミミィに対して、好意が残っていたならば、こんな事は言えなかったろう。ほんの少し残った未練を、全て振るい落とすのは、今だ。

「セナのことが腹立たしいなら、このメンバーから抜けてくれて構わない。バリガディスの領土に戻ることは出来ないが、ロンデ村までは送っていく。少なくとも、自分の思い込みでメンバーを傷付けるような奴を、俺は仲間に置きたくはない」

 俺の中で、何かがすっと落ちていく。最後に残ったこの言葉は、純粋な“仲間”に対するもの。

「俺らに落ち度が全くないともいえないし、あんたも何かしら考えるところがあったのかもしれない。だから俺は、今回限りは不問にしてもいいと思っている。ただし、今まで同様、俺らについてくるんだったら、二度とこんな馬鹿な真似はするんじゃない。いいな?」
「……随分と甘いな、トウヤ」

 問い詰める俺に、ゴーズの冷たい声がする。俺自身、かなり甘い決断をしていることは自覚しているため、その声はそのまま受け入れた。

「もちろん、これは俺の個人的な意見だ。ゴーズやセナは、どう思う」
「好きにしろ」

 ……まあ、ゴーズらしいといえばゴーズらしい、そんな答えが帰ってきた。

「ミミィがセナをどうしようが、拙者の知ったことではない。瓦解でもしようものなら、拙者はお前たちを見捨てて後は好きにやらせてもらう」

 冷酷なようだが、それは冒険者たち自身が定めた暗黙の了解でもあった。誰か一人が身動きの出来ない状況に陥った時、仲間をかたくなに守ろうとするあまり、残りのメンバーまでもが命を落としてしまっては意味が無い。だから、極限まで突き詰めれば、自分が生き延びるために瓦解した、あるいは傷ついた仲間を切り捨てるという選択肢も時には必要になってくる。

 そうでなくともゴーズは一人でやってきたし、俺自身そういう考えはある。例えば、絶体絶命の状況下でセナまで戦闘不能になっていたとしたならば、まず間違いなく俺は彼女を見捨てるだろう。もちろん、セナが行動可能であれば二人揃って逃げるだろうし、彼女を餌にして自分だけのうのうと生き延びてやるつもりは欠片もないが、冒険者というのはそもそもそういったものなのだ。

「セナは?」
「はっきり言って、いますぐクビにしてほしい」
「…………!!」

 ミミィが歯を食いしばった音が、聞こえたような気がした。

 まあ、無理もない。今回の一番の犠牲者は、俺らじゃなくてセナなんだから。そして彼女は、前日に階段から突き落とされた上に、今日も散々に貶されたのだ。もしもセナが短気な人間だったり、ゴーズみたいな奴だったら、容赦なくミミィを斬り捨てていることだろう。

「だけど、ボクらが迷惑をかけたことには変わらないから。それに、回復魔法が使えるのは、ボクらの中ではミミィだけだから。だから、今回だけは勘弁してやる」

 ただし、その代わり。セナはその目をミミィに向け、声を少し鋭くした。

「二つほど、認めろ。一つは、二度とボクらに手出しをするな。もう一回手出ししたら、ゴーズさんと一緒に返り討ちにしてやる。そうでなくても、地獄まで道連れにしてやるから。そうなりたくなかったら、ボクらの邪魔は、二度とするな」

 それで、二つ目。続けるセナの口ぶりが、どこか挑戦的なものへと変わっていく。

「朝にも言ったと思うけど、ボク、トウヤと付き合うことになったから。ちゃんと認めて、祝福してよね」

 ……相手を嘲弄しているようにも聞こえるのは、果たして俺の気のせいだろうか?

「…………分かり、ました」

 ミミィは、何かを押し殺したような低い声音で、承諾した。

 

 

 さて。

 ミミィに散々ひどいことを言われたけど、誤解だったことがどうにか分かって。

 反撃もしようかと思ったけど、あまりわがままも言わない程度にとどめておいた。

 それにしてもトウヤ、かっこよかったな。

 ミミィの言葉を真に受けて、暴走してしまったボクの肩に手を置いて、しっかりと語りかけてくれた。

 ガレスを倒したときといい、今回のミミィとの騒ぎといい、真剣になったトウヤは、すっごくすっごくかっこいい。冒険のことを教えてくれるときもそうだったけど、あんなにかっこいい男の子が、ボクの彼氏なんだ。

「えへ」

 思わず、笑みが漏れる。誰にも渡さない――なんて思えるほど、ボクは自分に自信はないけど。少なくともミミィには、絶対にトウヤは渡さない。

 さっきの声、すっごく「女」の声してた。顔は伏せられてたからよく分からなかったけど、あの声色から察するに、きっとものすごいことになっていたに違いない。

 あーあ、そんな声にそんな顔じゃ、頭が空っぽの男の子だって逃げ出しちゃうよ? 折角見た目だけは綺麗なんだから、少しは中身にも気を遣ってよね。

 ま、気を遣わなくて勝手にやってたもんだから、トウヤを逃がしちゃったんだろうけど。

 ――ばっかみたい。

「さてと。じゃあ今のところは不問って事で、今日はそろそろ寝るとしますか。ミミィは以後、重々自戒するように」
「……はい、すみませんでした……」

 感謝しなよ。ボクらがああ言わなければ、次のロンデ村でミミィはクビになってたんだから。

 でも正直、クビにしてほしかったなぁ、個人的には。

 そうすれば、トウヤと二人っきりだったのに。ゴーズさんはいるけれど、この人はああ見えていい人だし、実力も高い。ガレスと戦っているトウヤはあんなに強かったのに、そのトウヤより強いって言うのは本当にびっくりするほどだ。ぜひぜひ、仲間にいてほしい。もっとも、今はゴーズさんのほうがメンバーでの立場は高いから、ボクのほうが一生懸命にならないといけないんだけどね。

「さて、そうなると寝る順序だが……セナとミミィを両端にして、中に俺ら二人が入る形で行くとするか。今はお互い、思うところもあるだろうし」
「そうだな。では、ミミィが入り口側、セナが奥側にしておこう。荷物は纏めて奥のほうに寄せておけ」

 トウヤの提案に、ゴーズさんが賛成した。話し合いの末、入り口側にミミィ、その隣がゴーズさん、さらにその隣がトウヤで、一番奥がボクになる。毛布を敷いてから分かったんだけど、荷物を奥に寄せることで、ミミィがよからぬことを考えても大体は防ぐことが出来る。そんなゴーズさんの心遣いには、感謝のあまり頭が下がった。今はああ言ったけど、ミミィが何をしでかすか、正直分からないからだ。

 トウヤとゴーズさんは武器を枕元に置いたけど、これはいつものことみたい。枕元に何かが近づいたら、すぐにでも戦える構えだそうだ。ミミィが狙ったらどうするんだと思うけど、多分取られはしないだろう。ボクもさすがにあれを取ろうとは思わない。手を伸ばした段階で、あの二人は起きるだろう。

「ほんじゃ、消灯するぜー」

 暗い空気を吹き飛ばすためだろう、トウヤは明るい声を出して。ランタンの明かりを、消灯した。

 

 

 

 

 
 
 
 
 
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