十四話


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「おぉーっ、よく寝たーっ……」

 昨日いろいろありすぎたせいか、とてもよく寝てしまった俺は、朝の日差しに目を覚ました。しかし、隣に女の子が寝ているにもかかわらず、普通に寝てしまっていたとかいいのかよ。

 いや、いいのか? 別に身体目当てで付き合っているわけじゃないんだし、そういうことを考えるならミミィさんを振り払ってからになるだろうし。

 そうありたいし、そうあるべきだ。

 ……ってのはともかく、当のセナは……

「…………」

 ……えらく幸せそうな顔で、熟睡していた。頬はだらしなく緩みきって、唇の端から一筋のよだれが垂れている。

 し、幸せもんだな、こいつ。

 洗面と手洗いを終えて、部屋の中へと戻っていく。いつもならゴーズが起きているはずなのだが、今日は隣にいるのはセナである。

 そういえば俺、昨日から彼女持ちなんだよな……

 その『彼女』は、まだぐっすりと眠っている。出発の荷物をチェックすると、何もやることがなくなった。テーブルセットを支えにして、彼女の寝顔をのんびり楽しむ。

 とはいえ、そろそろ時間がやばい。この状況の彼女を起こしてしまうのには気が引けるが、仕方がないので揺すって起こす。

「セナ、セナ。もう朝だぞ、起きてくれ」
「……んぅ、う……」

 間の抜けた声が漏れる。いや、ちょっと待て。いつもはどのくらいの時刻に起きるのかは知らないが、朝食の時間には間に合うように起きてたよな。それがなんで今日に限ってこんなに遅いんだ。

「セナ、起きろ。そろそろ朝飯の時間になっちまうって」
「……んー?」

 目が、開いた。とろんとしている青い目が、こちらのほうを見つめてくる。

「起きたかー?」
「…………」

 反応がない。

 が、やがて、ふにゃ〜っとした笑みを漏らすと……

「あ〜、と〜やだぁ〜……」
「え? うわ、おい!?」

 いきなり、上へとのしかかってきた。幸せそうな顔で抱きつかれ、朝から吹っ飛びそうになる理性をどうにかして押しとどめる。気がつけば俺は、肩にあごを乗せられて、やわらかく頬摺りされていた。

「朝食の準備ができましたー」

 って、しかもこのタイミングで呼びにくるのかっ!? 待って待って、いろんな意味で待ってくれーっ!

 彼女の肌は、信じられないくらいやわらかい。「もち肌」ってのはこういうのをいうのかとしみじみ納得……してる場合じゃなくってっ!

「……お客様ー?」
「あ、は、はーい!」

 セナを引き剥がそうと苦闘しながら、とりあえず大声で返事をする。が、なぜかこういうときに限って聞こえなかったらしく

「あの、お客様――」

 

 がちゃ

 

 ……終わった。

「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「…………………………………………ごゆっくり」

 

 ばたん

 

 って、『ごゆっくり』じゃないっ! 助けろ! 助けてくれーっ!!

「セナーッ、頼む、起きてくれーっ! 寝坊したせいで出発遅れてバリガディスの追っ手に追いつかれても知らねえぞーっ!!」
「うわあああぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

 

 一発で起きた。


――――――――――――――――――――――――


 どうしましょう。

 万が一仕留め損なった場合、当初はあの奴隷の寝込みを襲って、完全に息の根を止めてやろうかと思いましたが、それだと犯人が私であるとバレてしまいます。

 しかも、あの奴隷はいつの間にやらこの部屋を引き払っていて、作戦は根底から崩壊しました。

 さらに言うと、昨日の夜、あの侍に釘を刺されてしまったわけでして。当分、迂闊な行動はできないかもしれません。

 そうなると、絶対にばれないように、かつ迅速に女奴隷を消し去ってしまう必要があります。

 しかし、そのような都合のよい方法があるのでしょうか。

 考えていると、すでに朝。いい考えも浮かばないまま、私は寝不足の体を引きずって外に出ます。

 頭は睡眠を求めているためか、あまり冴えては動きません。

 が……

「ん?」
「あ……」
「――――っ!?」

 その光景を見た瞬間、私の眠気は、一瞬の後に吹っ飛びました。

 ――どうして!?

 どうしてトウヤさんとその奴隷が、同じ部屋から出てくるのですか!?

「くっ……」

 ぎりぎりと歯を食いしばった顔は、見せられるものではないでしょう。咄嗟に顔を伏せる前で、あの奴隷はまるで何事もなかったかのように朝の挨拶を投げかけてきました。

「おはよう、ミミィさん」
「……ええ、おはよう」

 頭を下げて、表情をごまかす。次にトウヤさんとも、挨拶を交わします。こちらは、心なしか低い声。

 やはり、バレてしまったのでしょうか。思い悩む私の前で、トウヤさんは続けてきます。

「朝飯、できたそうだから。さっさと食べて、出発しようぜ」
「そうですね……」

 笑顔の仮面を貼り付けて。私は、どうにか挨拶をします。二人は私の横をすり抜けて、階段を下り……

「…………っ!?」

 仮面は、一瞬で剥がれました。あの侍に釘を刺されたことからすると、しばらくは行動を控えようかとも思っていましたが……

 

 奴隷が、するりとトウヤさんに擦り寄って。

 ごく自然に、その手を取って。

 トウヤさんは、ちょっと困ったような顔をしながらも、その手をしっかり握り返して。

 反対側の手で、薄汚い奴隷の頭を撫でて。

 そして、奴隷は、くすぐったそうに、えへへ、と、笑った――

 

 ――ばきいぃっ!!

「うおあ!?」

 気がつけば、私は近くにあった宿屋共用の掲示板を、拳で叩き割っていました。

 痛いです。ですがそれでも、内部にあった激情は消えない。

 びっくりしたらしいトウヤさんとその奴隷が、とっさにこちらを振り返る。

 いけない、笑顔を作らないと。

「すみません、たまたま虫がいたものでして。目の前を飛ばれたものでしたから、叩き潰してしまいました」
「そ、そうか」

 とりあえず、振り向いたときの衝撃で、二人の手は離れていました。それを見て、どこか笑顔が浮かびます。

 が、当のトウヤさんは、引きつった笑みで返してきました。

「……あ……」

 それを見て、私は一時の激情に支配されたことを後悔しました。

 これではトウヤさんに、はしたない女だと思われてしまいます。

 ……が。

「あはは、じゃあ、手は洗っておくんだよ。手洗い場、そっちだから」

 奴隷の声が、うざったく反響してきます。

「じゃあ、トウヤ。先に、食堂行こ? ゴーズさん、待ってると思うから」
「あ、ああ……」

 再び、トウヤさんと手を繋いで。というよりは、手を引っ張るように、ですが。奴隷は、消えて行きました。

「あ、そうそう、ミミィさん」

 最後に、この言葉だけを、私に投げて――

「ボク、トウヤと付き合うことになったから。ミミィさんも、ちゃーんと祝福してくれるよね?」

 

 ばきいぃぃっ!!

 気がつけば、叩き割って地面に落下した、先の掲示板を踏み割っていた。


――――――――――――――――――――――――


 トウヤと食堂に入った瞬間、彼にコーヒーを注文した。ミミィが注文しても応じないようにと付け加えると、宿屋の人は苦笑しながら頷いてくれる。三角関係ですか、との言葉には、微妙な笑みで頷きを返す。続いて、先に席に座っていたゴーズさんに朝の挨拶。

「おはようございます、ゴーズさん」
「ああ、おはよう。昨日の夜は、何事もなかっただろうな」
「あはは、大丈夫だよ。何もなかったし、昨日はトウヤも疲れてたと思うから。わがまま言わずに、早めに寝たよ」
「そうか。互いの機微を分かっている人間だと、恋人同士にも相応しいのかもしれないな」

 とか言いつつ、ゴーズさんは緑茶を一口。その横で、トウヤが苦笑して付け加える。

「っていうか、朝起きなくて大変だったぞ。いつもなら、もう少し早めに起きるんだけどねぇ……」
「た、たまにはそういうこともあるよっ!」
「うむ。拙者も十年に一度くらいはやらかすぞ」
「十年に一度しかしないのっ!?」

 それはそれですごいよっ!

「……おはようございます」
「おはよう。……お前のほうが寝不足のようだな」

 と、ミミィが食卓に入ってきた。いつもの席に座ると、トウヤもその対面に座る。

 ううぅ、ミミィと場所を変えてほしいよ。

「ええ。ちょっと、悪夢を見まして」
「悪夢か。何を見たのか知らないが、気にしないでおくことだ」

 嘘だ。いままでは考えてもみなかった、ミミィの理由。もしかしてボクを突き落としたのは、身分差だけじゃなかったんじゃないか。朝の光景で、なんとなく思ったその理由。

「お待たせいたしました」

 タイミングよく、トウヤへのコーヒーが入ってきた。ミミィは出遅れた顔をしたが、今更頼んだってもう無駄だ。さらにタイミングのいいことに、トウヤの前にはボクがいる。

「はい、トウヤ」
「おう、サンキュー」

 宿屋の人からコーヒーを受け取り、トウヤの前にことっと置く。そのタイミングで、ちらりとミミィの顔を伺った。

「…………!!」

 ――やっぱりだ。朝にもちらりと目に映った、人には見せられない歪んだ顔。もちろん、思い切り歪めているわけじゃない。特に男の人なんかには、絶対に分からないだろう。むしろ女だから、それが分かったというのに近い。

 女の勘、というのだろうか。あの顔は多分、嫉妬している。だから、立ち去ったときに確認の意味合いもこめて、その辺の挑発をしてみたんだけど――反応は、まさにどんぴしゃり。その歪んだ顔だけで分かったというのに、掲示板を踏み割ってまでご丁寧に教えてくれた。

 だけど、それならよく分からない。どうして自分が振った人が、他の人と恋人になったら嫉妬するのか。まさか、今までトウヤの価値に気づいていなかったとでも言うつもりか。だとしても、今更渡すわけがないけど。

 ……ああ、なるほど。自分が貴族だから、自分を好いてくれた人が、振ったからだとはいえ奴隷と恋人関係になったのが許せないのか。納得のいく理由を見つけて、ボクは半分自虐じみた笑みを漏らす。

 馬鹿にしたつもりはないのだけど……その笑みで、ミミィの顔が、いっそう険しくなった気がした。


――――――――――――――――――――――――


 人間というものは、怒りが臨界点を超えるとかえって冷静になるらしい。

 先ほどのコーヒーを渡した点と、受け取ったトウヤさんを見て、勝ち誇るように笑みを漏らしたあの奴隷の姿を見て、はらわたが煮えくり返るほどの怒りを覚えて。次の瞬間、本日が山越えだったことを思い出して、一つの作戦が浮かびました。

 山越えとなれば、どこかに崖があるはずです。その崖から、岩場だかなんだかにでもこの奴隷を叩き落としてしまいましょう。階段ならいざ知らず、崖の上から岩場にでも落下したら、いくら運がよくても避けられません。土の上に落ちることのないよう、場所は慎重に伺いましょう。

 しかも運のいいことに、トウヤさんとゴーズさんは前衛で枝葉を払うわけでして、私たち後衛はその後ろからついていきます。となると、本日は私とこの奴隷は二人きり。殺す機会には事欠きません。突き落として始末したら、さすがに気づくことでしょうが、足を滑らせたとでも言えばどうにでもなります。怪しいといえど、証拠は不十分なわけですから。

 ですので、それまでの間は我慢します。

 ええ、我慢しますとも。

 たとえ、食事の間、ちらちらとトウヤさんの方を伺っている汚い奴隷の汚い目線でトウヤさんが汚されていったとしても。

 奴隷が頼んだコーヒーを飲んで、ほう、とトウヤさんが息をついても。

 そんなトウヤさんと目線が合って、嬉しそうに笑う奴隷にも。

 あの女嫌いな侍が、なぜか小さく笑ったのにも――

 ――って、ちょっと待ってください! この奴隷、いつの間にゴーズさんに媚を売ったのですか!?

 ぬうぅ、外堀から埋めるとは、この奴隷らしからぬ小賢しい行動。

 トウヤさんがコーヒーのお礼にと、奴隷にホットミルクを頼んだのには我慢します。

 ちょっとだけ遠慮する汚い奴隷と、気にするなと笑うトウヤさんにも我慢します。

 まあしかし、ご苦労様とでも言っておきましょうか。

 どうせ今日は、貴方の命日になるのですから。最後のホットミルクを、心行くまで堪能しておいてくださいな。

「トウヤさん」
「ん?」
「今日は、一日でロンデ村までたどり着くのですか?」
「いや、ちょっと厳しい。多分、一泊は山小屋なり野宿なりするんじゃないかな」
「そうですか」

 となると、期間は二日ですか。しかし、山小屋や野宿となると、寝込みを襲えば確実にバレます。それでは、トウヤさんと一緒になることはできません。ですが、二日もあれば十分です。とっととこの奴隷を始末して、トウヤさんとの冒険を思う存分楽しみましょう。もちろん、新しい女性の仲間を入れることなど許しませんからね?

 まったく、こういうときには、ゴーズさんの女嫌いも役に立ちます。

「ごちそうさまでした」

 食事を終えて、紅茶を飲んで少し気分を落ち着けます。食休みを行いつつ、始末する方法をリハーサル。下が岩場の崖を探す、突き落とす、以上。階段なんて甘いことをやったものですから、助かってしまったわけですから。

 というわけで、半分緊張、半分高揚しながらも、準備を整え、宿屋を出て、山へと入って……

 行ったの……です……が……

「ほいっ」
「せっ」
「りゃっ」

 枝葉をよけて、場合によっては鉈を使って切り分けながら進んでいく、前衛の姿。

 私から見て、左斜め前に、ゴーズさん。

 目の前に、トウヤさん。

 右斜め前は、セナさ――

 って、ちょっと待ってください! なんで貴方まで、前線に出てるの!? というか、なんで貴方まで鉈を持っているわけよ!? この前小さな林を越えたときには、私と一緒に後ろから歩いていましたよね!?

 ぐぅう、いつの間にそんなに汚い手回しを……!

 横は、かなり高い崖。下は、岩場。で、奴隷は――

「え? ボク、枝払いはこうやってするんだって教わったけど……」
「あー、それはほら、家の庭だったからだろ? 俺ら冒険者は、単純に一回進めればいいから、そこまで慎重にしなくてもいいんだよな」
「そうなんだ」

 ――私の存在なんか、綺麗にシャットアウトしていました。しかも、横のトウヤさんと、いい雰囲気。

 あ、今少しだけ、二人の距離が縮まって――

 

 うあがああぁぁぁっ、奴隷風情がああぁぁぁっ!!

 

 

 

 

 
 
 
 
 
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