十話


「――はあぁぁっ!」

 仕掛けたのは、相手のほうからだった。瞬き一つする間に、大剣を構えたガレスが一直線に突進してくる。音速の踏み込み、そして一撃。大剣の刃先が一分の狂いも無く脳天めがけて振り下ろされ、その一撃をこっちはアイアンナックルで迎撃した。かち合う金属と火花と共に――俺の腕が、嫌な感触を伝えてくる。

「ぐあっ!?」

 途轍もない力に骨ごとへし折られそうになり、咄嗟に腕を引いて衝撃を殺しざま、凶悪な斬撃を受け流す。相手の横をすれ違うように距離を取り、反転してガレスに向き直った。しかし、たったの一合打ち合っただけで、腕がびりびりと痺れ始める。

「――おいおい、マジかよ!?」

 信じられない威力だった。確かに斬り下ろす攻撃と打ち上げる攻撃とでは、重力が加算される分斬り下ろす攻撃のほうが強いに決まっている。確かに手甲と大剣とでは、その用途や重さの分、大剣のほうが破壊力的には強いに決まっている。

 だが、それよりも、何よりも。こいつの力は、俺よりも強い。

「……まあ、その体格見りゃ分かるか。まいったな……」

 力で勝る相手に、力押しを挑んでも意味は無い。絡め手で攻めるか、それとも――

「――――っ!?」

 作戦を組み立てている間に、ガレスは再び攻撃を仕掛けた。さすがに再び受け止めるような馬鹿はしない。咄嗟に、体を捌いて攻撃を躱す。続けて横薙ぎに振るわれた一撃も、また。隙を突いて反撃の拳を叩き込むが、これは弾かれて終わってしまう。

「そこまでするか! 何も分かっていない、小僧ごときが!」

 反撃を軽々受け止めて、唾を飛ばしながらガレスは喚く。

「いい気になるな、小僧風情が! その女の現状を知って、可哀想な奴隷を格好良く守るヒーロー気取りか! だから貴様は、何も分かっていないガキだというんだ!!」
「……はっ」

 言い得て、妙だった。戦いの最中だというのに、思わず小さな苦笑が漏れる。

「……かも、しんねえな……」

 否定は出来ない。自分自身、馬鹿なことをしているのは分かっている。

 だけど……

「――ある立派な戦士が言ってた!」

 いいか、よく覚えておけ。
 武器を振るうのは、その先に己が譲れない想いがあるからだ。
 己が武器を振るう理由は、人それぞれ違っていい。
 だが決して、理由もなしに――

「俺は今、その答えを持っている! あいつに返事をするまでは、俺は妥協も何もしたくない!!」

 ――武器を、取るなと!!

「お前だってそうなんだろ! 戦う理由も、その意味も! それを持って、俺の前に立ったんだろ! お前が我を通したければ、俺に勝つことだ!!」

 勝ったほうが正義――無法者にも近い冒険者において、我を通す方法は一つだけ。

 だから――

「……いいだろう! ならば、俺の持ちうる信念のために!」

 奴の答えも、一つだった。

「歪んだ誇りのために戦う、貴様を斬り殺してくれる!」

 ガレスが我を通したければ、俺に勝てばいい。俺が我を通したければ、ガレスに勝てばいい。たったそれだけの、単純な話。

 一撃、二撃、三撃目。とんでもない威力の連撃を、一つ残らず回避する。猛攻を仕掛けてくるガレスの動きは、まさに攻撃こそ最大の防御といわんばかりの激しさで。そして、その猛攻を支えているのが、奴の筋力と体力だろう。

 だが――

「おああああああっ!」

 混じり気のない殺意の込められた四撃目を、身を屈めることで回避。お返しとばかりに、体重を戻す勢いを載せてのアッパーカット。しかしこれは腕を使ってガードされ、反撃に蹴りを入れられる。

「っづ!」

 激しく体制が変化するからか、思い切った踏み込みは出来ない。だからこの蹴りは、セナちゃんに入れたものよりも、威力自体は低いだろう。

 それでも、痛い。受身は取ったが、マジで痛い。これ以上のものを――あの女の子に叩き込んだのかよ!

「くっそ……!」

 俺を虫けらみたいに無視しやがったのも気に食わねえし、セナちゃんを蹴ったのも気に食わない。物扱いしたことも、半端なくムカつく。

 だが、そろそろ、攻撃は読めてきた。

 この屈辱、何十倍にもして返してやる。

 ――覚悟してもらおうか、ガレス!


――――――――――――――――――――――――


「……何をやっている」

 後ろでセナの手当をしながら、拙者はミミィに問いかけた。

「先ほど、何故セナを治療しなかった。それは致し方ないにせよ、何故貴様は、今もそうやって呆けている」
「何故って……だって、あのままじゃどっちか死んじゃいますよ!?」
「……何をほざいている?」

 目の前で交わされる、トウヤとガレスの激戦区。混じり気のない、殺意の応酬。それは――

「殺すつもりなんだよ。お互いに」

 あの二人は、互いに相容れる存在ではない。誇りを巡り、セナを巡り。絶対に引けない想いを込めて、彼らは今、争っている。

 そして彼らは、もはや言葉を交わすことを放棄した。

 ならば。

 トウヤは、ガレスを。

 ガレスは、トウヤを。

「死ねぇ、小僧おぉっ!」
「そんだったら、お望み通り殺してやらあぁ!!」

 ――殺す、のみだ。

 激突の寸前、トウヤは再び身を屈め、ガレスの攻撃を回避した。続く振り下ろしも、転がるようにしてこれを避ける。一見すれば、防戦一方。それが分かるのか、セナは不安げな目を向けて、ミミィはどうにか止めようとしている。

「早く、あの二人を止めてください! あれじゃあ……あれじゃあ、トウヤさんが死んじゃいます!」
「だからどうした? 振った男が討ち死にしようが、お前には関係のないことだろう」
「――――っ!」

 その言葉に、セナが反応した。そういえば、先ほどトウヤを好いていたという発言をしていたが……なるほど、ならばトウヤの冒険に与えられる影響を考慮して、自らあやつらの元に戻ろうとしたことも分からなくもない。トウヤを優先するその考えは、中々健気なものである。しかし、この娘の捨て身の考えは悪いわけではないのだが、行き過ぎると問題もあるな。

「安心しろ、セナ。貴様が好いた男は、その程度で死ぬような奴じゃない」
「でも、さっきから、押されてばっかり――」
「そうだな」

 たしかに、一見すれば防戦一方だ。手数からして違う。そもそも、トウヤの戦い方の真髄は、格闘と雪氷を組み合わせた、息もつかせぬ連続攻撃。一発一発のキレは弱いものの、その分を手数で補うスピード型の戦いだ。そのトウヤが、どちらかといえばパワー型の使い手に、力でも手数でも押されている。

 だが、長らく共に戦ってきた者として、拙者には分かる。あの男は口調こそ軽いが、中身は決して軽くない。そして、それに見合うだけの実力を持っている。例えば、先ほど回避した振り下ろし攻撃も、反撃に冷凍光線を入れるくらいならわけはないし、カウンターを入れれば確実に決まったことだろう。となると、考えられることは一つ。ガレスの戦いを、完全に見切ろうとしているのだ。

「まったく、トウヤも性格が悪いな」
「え?」
「考えてみろ。普通剣を振り下ろされたとき、格闘士が迎撃なんかするか?」
「……あっ!」

 拙者の言葉に、セナははっとしたような顔をした。

 そう。トウヤは武器使いではないのだから、当身でも食らわせたほうが早い。皆まで言わず、拙者は再びトウヤのほうへと目線を向ける。

「よく見ておけ。そろそろ見られるはずだ」
「な、何が?」

 決まっている。冒険者として、長らく鍛え上げられたもの。同時に、拙者が行動を共にして良いと思える理由となったもの。

 それは――

「――トウヤ・フェザーセリオンの実力が、よ」


――――――――――――――――――――――――


 もう既に何回目かを数えた攻撃を躱しながら、俺はチャンスをうかがっていた。回避、回避、もう一度回避。そこからさらに、六撃を躱し――

「……来たっ!」

 ――狙い、的中。当たらないことに焦れたのか、ガレスの攻撃が極端に大振りになったのだ。思い切り深く踏み込んで、思い切り大剣を薙ぎ払う。大剣のリーチを最大限に活かした攻撃ではあるのだが、躱された時の隙も当然大きい。

「もらったぁっ!」

 その一撃をかがんで躱し、大剣の刃が通り過ぎた瞬間に体を戻す勢いも載せて、アッパーカットで反撃を入れる。しかし、先ほども使った攻撃だからか、カウンター気味に蹴りを入れられた。しかし、ここまでは予想の範囲内。ガレスは大剣を振り回した反動を殺しきれず、得物は背中側にまで流れてしまっている。この体勢からなら、振り下ろそうが切り返そうが武器での反撃は間に合わない。だから、やるなら体術で攻めるしかないのだ。

「つぁらぁっ!」

 身を捻って蹴りを躱し、そのまま姿勢を低くしながら、相手の脚部を狙って放つ水面蹴り。同時に、右手に力を集中させ、いつでも「それ」を発動できる体制にする。

 すぱんっ、というイイ音が鳴った。蹴りは拳よりも破壊力に優れるが、放っている間は重心が非常に不安定だ。足払いでもかけてやれば、後は無様に転ぶのみ。一瞬宙に浮いたガレスの体が地面に墜落するより早く、作った“タメ”を解き放った。放たれるは、疾風怒濤の連続ジャブ。

「が……ばっ……!?」

 ――決まったぁ!

 文字通り地に足が着いておらず、踏ん張ることもできないガレスは、拳全段をまともに食らわざるを得なかった。ゼロ距離からぶっ放されたマッハジャブの直撃を受けて、ガレスは思いっ切り吹っ飛んでいく。木に激突し、それをへし折り、さらに奥の木に激突して止まる。

「逃がすかぁっ!」

 彼我の距離は、数メートル。踏み込みと同時に後方に右手を突き出して、勢いよく吹雪を吹かせて反作用の法則で突っ込んでいく。逆側の腕をひじ打ちの体制に変え、突進の勢いに吹雪の勢いを上乗せしたボディーブローを叩き込んだ。

「ぐ……ぼ……っ……」

 鳩尾に入った。少しはセナちゃんの痛みを知りやがれ!

「行っけえぇぇっ!」

 続けざまに、猛然と追撃を打ち込んでいく。たたらを踏んだガレスの顎にショートアッパーを叩き込み、続けざまに顔面に鉄拳を入れ、腹部を蹴り抜いて体勢を戻し、二発目のマッハジャブで胴体を穿ち――果て無き強さを追い求めるあの侍・ゴーズを“あれ”なしで戦闘不能直前にまで追い込んだこともある、息もつかせぬ疾風怒濤の連続攻撃。無数の打撃が肉体に刻まれ、その傷をナックルに纏った氷が容赦なく穿ち、凍らせ、その体力を奪っていく。

「ぐ……こ、この……若造がっ……!!」

 肉体の耐久力にものを言わせ、ガレスが反撃に転じてくる。

 だが、甘い。

 技は強烈、力は語るまでもない。まともにもらおうものなら、これも即死級の破壊力がある。だが、粗いのだ。戦いが始まった直後ならともかく、よく見ている今に、そんな大振りの一撃なんか当たらない。最低限の体の動きだけで回避して、お返しに入れた一撃が、奴の手元を直撃する。

「なっ……」

 衝撃に、その手から大剣がすっぽ抜ける。飛んでいく得物を、ガレスは目で追ってしまう。

 ――隙だらけだ。

「つぁらぁぁっ!」

 身体を後ろ方向に倒しつつ回転し、縦回転の蹴りを見舞うサマーソルト。有無を言わさぬ大技が、東部を引き千切る勢いでガレスの下顎に炸裂した。顎の骨を粉砕されたガレスの体が実際に数十センチは宙に浮き、今更ながら、気付いたようにガレスがこちらを見つめてきた。その表情に、体勢を立て直しつつ笑みを返し――

「――終わりだ! セナちゃんを傷ものにしてきたこと、地獄の底で後悔しやがれぇ!!」

 未だ宙にいるガレスの前で、思い切り腰を深く落とした。氷を纏った正拳突きが、ガレスの内臓を破砕する。同時に、奴の体内で具現化させるは――大自然の猛威ともなる、ブリザード。

 暴悪な吹雪のエネルギーを、零距離から叩き込む。ガレスの肉体が、粉々に砕かれて宙を舞い――俺の皮膚が、嫌な感触を伝えてきた。

 ――人、一人分の、返り血だった。

「か……」


――――――――――――――――――――――――


「……勝ったあぁぁっ!!」
「――――っ!!」

 天空にガッツポーズを決めるトウヤの姿を見た瞬間、隣のセナが考えるより先に飛び出した。あんなに足は速かったかなと冷静に考えるその前で、セナはトウヤに飛びついた。

「トウヤ君! トウヤ君トウヤ君トウヤ君、トウヤくうぅんっ!!」
「どわっ! お、おいおい、飛びつくなよっ!」

 走ってきた勢いを殺しきれずに尻餅をついたトウヤの胸に、セナは額を押し付ける。本当にこの娘、トウヤのことを好いていたらしい。最も、それで冒険へのあれほどの努力をしてくれるのならば、恋愛というものもそう見下したものでもないかもしれん。

「あ……あ……」

 対するミミィは、がっくりと地面に膝を突いている。貴族というのもよく分からんが、あの状態ではセナを渡すのが正しかったのか。確かに、理屈で見ればあの場でセナを渡さねば、当分この地方に修行に戻ることは出来ないだろう。しかし、他人に対しては淡白だと自他共に認めている拙者でさえ、あの家にセナを戻すことは気が引けた。

 意外に淡白ではなかったかもしれんと、知らぬ間に軽く苦笑が漏れる。当のトウヤは女子に飛びつかれたのが混乱しているのか、うろたえている様子である。彼女が欲しいとか抜かしていたくせに、そうなりかけたらあの様か。指摘してやりたいところだが、ここで悠長に時間を過ごしている場合ではない。

「トウヤ、セナ。とにかく、あの籠の中にある薬草を植え直して、必要部数だけを持って引き上げるぞ。セナにいろいろ質問をするのは、その後だ。ミミィ、貴様もいつまでも呆けてないで、さっさと動け」
「……は、はい」

 まだ呆然としている女に、声が尖るのを自覚する。
 これだから、女は嫌いなのだ。

 

 

  

 

 
 
 
 
 
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