「ったく、一年に一回会える日が、んな雨たぁかわいそうにな」
 
シニカルな笑みを浮かべた少年がそう言ったとき、彼らはこの日が何の日だったか思い出した。  
 

小話

ミルキー・ウェイ


「ああ、そうか。そういえば今日は、そんな日だね」

仕事の合間に窓の外を見上げたアドルが、少年の言葉にそう返した。

七月の、七日――幼き頃なら覚えていようとも、大人になったら忘れる話。

むかーし、むかし。とある東洋の伝説が謳う、機織の姫君と牛飼いの彦星の話だ。働き者だった二人は、いつしか互いに恋仲になった。しかし、あまりにも逢瀬を重ねすぎ、仕事までほったらかしていたが故に、織姫の父親が天の川をかけて二人のことを引き裂いたのだと。

「悲恋話か――全く、仕事までほったらかして会うから、こんなことになるんだ」

気持ちは分からないでもないけどな、と、雨降る天を見上げながら、少年ベルドがそう呟く。その横でエドが、よく分からんとそう返した。

「ですが……」
「なんだ?」

と、その言葉に続けたのはフェイスであった。

「織姫の父親も、なかなか酷いことをしたものですね」
「……そうか?」
「……ええ。織姫の父も、鬼ではなかった――ですが、ある意味では鬼だったのかもしれません。七月七日の夜、一年にたった一度だけ、二人で会うことを許したんですよ」
「……それのどこが鬼なんだい?」

鬼なのはなんとなく理解できるが、フェイスが言わんとしていることを掴みきれていないのか。シリィが小首をかしげながら、フェイスのほうへと聞き返す。フェイスがやると心臓がちょっと跳ね上がるのに、ヒオリがやると愛らしいのに、シリィがやってもなんにも感じないのがすばらしい。

フェイスもその光景をスルーして、だからこそと話を続けた。

「……だからこそ、辛いんですよ。忘れることも出来ず、振り切ることも出来ず――ただその日に縛られながら、生き続けるしかないのですから……」
「…………」

フェイスの言葉に、シリィの反問が止まった。エドも考え込まされたようで、ふうむと大きく息をつく。

「それでいて、雨が降ったら水かさは増して、会うことも出来なくなって年はまたぐ――それを辛いといわずして、なんていうんですか?」

フェイスの言葉は、妙な説得力があった。しばらくの間、彼らになんとも形容しがたい、微妙な沈黙がその場に流れて――

「……でも、確かに自分たちのせいかもしれないけど、いい加減許してあげたらいいのに」

――ぽつりと呟かれたヒオリの声が、やけに響いた。

「だって、そうじゃない。もう織姫も彦星も、真面目に仕事してるんだよ。だったら、許してあげたらいいじゃない」
「……いや。もしかしたら、懸念しているのかもしれないよ」

顔を上げて続けたヒオリに、反論したのはアドルだった。

「会わせたら、また同じことの繰り返しになるのではないかと、織姫の父親も考えてるのかもしれないしね。それだったら、許さない理由にもならなくもないよ」
「…………」
「一年に一度だけ会うことを許したなら、またその日を目指して働くんだろう。ある意味、それが褒美なのかもしれないね」
「つまり、引き裂いてまた、時折会うことを許す代わりに、彼らを一生懸命働かせたということですか?」
「あくまで、私の考えだけど」
「……ああ。ぜんっぜん、納得いかねえな」
「え?」

アドルの考察に吐き捨てたベルドに、ヒオリが思わず聞き返す。反駁されたアドルもベルドのほうに目線をやるが、ベルドの目線は別の方角に向いている。別に、アドルの考察に反駁したわけではないらしい。

「――知ってるか? 七月七日に降る雨って、催涙雨って言うんだそうだぜ。雨が降って会えない二人が悲しみに泣き濡れる涙が、一緒に混ざって降るんだとよ」
「……それで?」
「雨が降ったから会えない? 知ったこっちゃねえぜ、濁流だったら泳いで、好きな女なら意地でも会いに行けっつーの!」

天に向かって咆えたベルドは、なぜかエドに向き直った。

「なあエドさんよ!」
「……そこでなんで俺に振る?」

半眼で睨むエドであったが、ここでシリィが思いついたような声を発した。

「“エルビウム夫妻”の二人も、とりあえず一回引き裂いてみようか! そうして一年に一度会わせることを約束させれば――」
「――――っ!」
「……おい、シリィ」
「――無理だね」

怯えた顔になってベルドの後ろに隠れたヒオリと、剣の柄に手を当てたベルドを見て、シリィは諦めたようにため息をつく。

「この二人を引き離したら、それこそ仕事に問題が出そうだ」
「それに、まともにやり合ったらどっちも大怪我は免れない。そんなくだらない事を本気でやるわけにも行かないだろう」

シリィの言葉に微笑を漏らし、答えたのはエドである。フェイスもそうですねと頷くと、大げさな動作で腕をまくった。

「それでは、今晩は本気で七夕汁でも作りましょうか! 腕によりをかけて作りますから、楽しみにしていてくださいね!」

やる気を見せたそんなフェイスに、ベルドがふっと笑みを漏らす。それじゃあ、材料を買って帰ろうか。そういうアドルの提案を受け、一行はひとまず、食料品店へと歩いていった。

ミルキー・ウェイ……そんなものなど事もなげに踏み越えてしまいそうな二人と四人は、雨降る街を歩いていく。

 

 

 


 

 

 

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