――みしっ
 
「……ん?」 
 

小話

あーすくえいく


――ぐらぐらぐらぐらっ!

「うおっ、地震か!?」

任務が終わり、翌日に備えて眠っていたエドとアドルは、突如として地震に見舞われた。意外と大きなその揺れに、アドルが咄嗟に扉を、エドが窓をこじ開ける。そのままベッドに飛び込むと、布団を頭からかぶって身を縮めた。

「結構大きいな……揺れが収まったら、荷物を持って外へ出よう」
「分かっ――ごぁ!?」
「な、なんだ!?」

冷静に次の行動を考えたエドだったが、返って来たのはいつものアドルからは全く想像のつかない呻き声だった。エドは思わず布団を上げ、視線だけを外に出す。見ると、倒れた戸棚が、アドルの潜っているベッドにぶっ倒れていた。しかもたちの悪いことに、角の部分がぶつかったらしい。

あれは、痛いぞ……揺れがまだ収まってないのに、全く別の意味合いでエドは頬を引きつらせた。

 

 

数分後。

「さて、収まったみたいだが……」

ばたばたと荷物を取りまとめ、外へ出るはずだった算段は、思わぬ妨害によって出鼻を挫かれることになってしまった。しかし、ここでアドルを助けようとするあまりに自分まで命を落としてしまってもたまらないので、失礼を承知でエドは部屋の外をうかがう。

廊下には、同じ冒険者の宿泊客が、何組も外へ出てきていた。と、その中に、見慣れた冒険者の姿もある。

「お前たち、無事だったのか」
「ああ。とりあえず、エドも無事だったみたいだな」

その『冒険者』――アドルとエドの仲間二人と、先日までの任務で共に行動していた二人。先に反応したのは、そちらの二人のほうだった。ベルドとヒオリという名前で、ここら辺からは離れた場所であればかなり有名な冒険者だ。反応をしたのはベルドのほうで、しかしと難しい顔をする。

「アドルは、無事なのか?」
「ああ、それなんだが……」

エドは、部屋の中を指差す。釣られるようにぞろぞろと中を覗き込むと、布団の上にぶっ倒れている戸棚があった。何があったのかは分かりすぎるほど分かったのか、ベルドが頭を抱え込む。

「うわ、災難だな、ありゃ……この宿、防災設備大丈夫かよ……」

とはいえ、火事に発展したわけでもなさそうだし、エドが窓を開けたために脱出も容易だ。ベルドは小さく腕まくりをすると、いつものようにヒオリを呼んだ。

「とはいえ、ほっとくわけにも行かないよな。ヒオリ、ちょっと手伝ってくれ」
「ん」

下のほうへと手を入れて、ベルドとヒオリが二人がかりで持ち上げる。ヒオリの意外な力に、フェイスが目を丸くした。

「結構、力持ちなんですね」
「うーん、これでも昔は土木作業に借り出されたこともあったからね。まったく、なんで男の子の奴隷借りないんだよ……っと!」

最後に気合の声をいれ、倒れた戸棚を元に戻す。軽く揺れたが、安定に問題はないようだ。

「おーい、アドルー。無事かー」

声をかけて見るが、アドルからの反応はない。普通に捲ればよかったのだが、冗談交じりに呼びかけてみた……ら、無反応である。

「…………」
「…………」

無反応。

「……い、いや、ちょっと待てよ。もしかして、かなりやばいところに当たったんじゃないのか」
「さ、さあ……」
「そ、そんな馬鹿な、折角依頼も終わったのに、もしかしてこれはアルミラの呪いか、そーかも、否、まさかと思いつつ、そっと布団をめくってみる」
「やーん、エドのえっちー」
「なにがだっ!?」

わざとらしく腰をくねらせたヒオリに突っ込みを入れつつ、エドは布団を捲ってみる。見ると、そこには大の字にぶっ倒れて、うつぶせになっているアドルがいた。

「お、おい、アドル?」
「……い、痛い……」
「そ、そうか……」

手を当ててみると、一箇所こぶになっている。しかしまあ、こぶで済んだのなら良かったのだろう。横のベルドも苦笑して、荷物から薬の小瓶を取り出す。

「なんだ、それは?」
「何種類かの薬草を調合した代物だ。こぶとかにも効く、応急手当の代物だぞ」
「そんなものがあるのか」
「元々、森の中に住んでた先住民族だったからな。この手の技術は自信があるぜ」
「地震だけにか」
「……上手いこと言ったつもりか、お前?」
「……ううむ」

やはり自分にボケは向かないのだろうかと首をかしげたエドの前で、ベルドが薬を塗っていく。フェイスの回復魔法を使えばよかったんじゃないかと思わなくもないが、折角なので好意に甘えることにした。ベルドは蓋を閉じると、小瓶を再び背嚢にしまう。

「ま、これですぐに治るだろうよ。即効性も高いし」
「そうなんですか?」
「うん。ベルド、こういったものも上手いんだよ」

聞き返したのはフェイス、答えたのはヒオリだ。自分の夫をちょっと誇らしげにするヒオリの前で、ベルドはまあなと笑って言った。

「俺もヒオリも回復魔法は得手ってわけじゃないからな。こういったものは必須なんだ。買うとなると高いんだよ」
「確かに、そうですね。となると、ヒオリにもやったんですか?」
「そりゃ、何度もやったけど……何を妄想してる、フェイス?」
「お医者さんごっことか……」
「するか!」

一回頭ぶん殴ったほうがいいんじゃないかと思わなくもないが、無害(?)な女性にこちらから手を上げるほどベルドは落ちぶれてはいない。かつてゲリュオという侍と二人で旅をしていたときには、野盗として襲ってきた女性メンバーを返り討ちにした挙句服を逆に剥ぎ取って(注・売るため)、こいつらは見逃してやってくれと頼んだリーダーらしき女性に分かったと頷いてメンバーは全員逃がしはしたが(注・今後一切の手出し無用と前述の服、最後にそのリーダーの強姦を引き換え)、仕掛けられない限りは手を出すつもりは特になかった。

「……帰って来な」

シリィが若干引き気味の突っ込みを入れるが、フェイスは全く帰ってこない。一方エドやベルドたちは最早いつも通りの風景なのか、持ち出したものを話していた。

「しかし地震だからか、咄嗟に思って掴んで来たのは剣と荷物入れだ。まあ、荷物袋を持って出られたのは幸運だったが……」
「ボクも杖と篭手と、ベルドから貰った首飾りだった。やっぱりこういう時って、大事なものを持って出るよね」
「首飾りを忘れないのか……愛されてるねー?」
「……まさか、シリィからそういうからかいが来るとは思わなかった……」

ヒオリちゃん、夫のベルド君がだーい好き。

 

「ところで、シリィは何持って出てきたんだ?」
「そうだね……何せ、咄嗟のことだから慌ててね。寝汗で汚れた服を着替えて武器防具に身を包んで、財布の中身をチェックしてから大事な荷物を生理整頓して大慌てで逃げてきたね」
「それのどこが慌ててるんだよ!!」

シリィ、たまに超人の時がある?

 

 

ちなみに、翌朝。

「…………」
「……フェイスの奴、まだ妄想に突っ込んでるのか……」

放っておくと、一晩中帰ってこないフェイスであった。

 

 

地震の時は、慌てず騒がず。

津波は地震発生から二十分が目安であるが、地震後の混乱から見るとその二十分は短すぎる。

よって、最低限の荷物だけが揃えばあとはとっとと逃げること。

命あっての物種である。

 


 

 

 

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