魔法使いの夢現

正月特別編


「おっ」
「あっ」

 廊下に出てきたその瞬間、彼らはばったりと鉢合わせした。一月一日、午前七時……一年の始まり、元旦である。その日その日を暮らしている冒険者でも、さすがにこの日に旅に出る人はそうめったにいなかった。

「トウヤ君、ゴーズさん。あけましておめでとうございます」
「ん、おめでとうございます」
「ああ、おめでとう」

 セナ・ノーワースが頭を下げ、トウヤとゴーズがそれに答える。続いてミミィとも挨拶を交わし、彼らは揃って宿屋の食堂へと降りていった。

「新年ともなると、さすがにメニューも豪勢ですね」
「そのようだな。拙者の故郷では御節料理というものがあるが、年の始まりを祝うのは、どこの国でも同じであるということだろう」

 目の前で湯気を上げるのは、正月用の特別メニュー。もちろん、日常冒険者をやっている彼らが宿泊している安宿なので、特別とはいえそのグレードはたかだか知れているわけであるが、それでも十分気分というのは向上する。朝食なので数口分しか用意されていないものの、酒までついてなかなか豪華だ。

「なんだっけ。お前の国では、雑煮ってものもあるんだっけ?」
「ああ。餅をはじめとして、様々なものを入れて作る。拙者の故郷ではこの料理が大きく発達していてな。あまり広い国ではなかったが、地方によって作風は大きく違っていたぞ。確かトウヤも、別の地方で食ったはずだ」

 その酒を少しだけ口に含み、ゴーズは正月用のメニューに手を伸ばす。隣に座っているトウヤも肉を一欠け飲み込むと、ゴーズの言葉を補足した。

「確かお前の故郷だと、味噌を基本にして作ってんだっけ?」
「ああ。拙者もよく作った」

 懐かしそうに笑みを漏らして、ゴーズは汁物を静かに啜る。味も香りも違うはずだが、どこかしら故郷を思い出しているのだろう。と、ミミィが不思議そうに問いかけてきた。

「ゴーズさんも、そういったものは作れるのですか?」
「意外か?」
「ええ、失礼ながら……」
「…………」

容赦のないコメントに、新年早々ゴーズは呻く。汁物の椀をテーブルに置くと、そのタイミングを計ったかのように、トウヤがゴーズに問いかけた。

「折角だし、ちょっと作り方教えてやれよ」
「作り方? まあ、構わんが……」
「あ、ボク、聞きたい」

 反応したゴーズに、セナが元気に手を挙げた。ゴーズはそうかと笑みを漏らすと、その作り方を話し始める。

「大まかな材料は人参、大根、餅、里芋、鰹節。餅は円満を意味する丸餅だ。好みによって絹さやを入れる場合もある」
「味付けはやっぱり白味噌?」
「ああ、白味噌だ。人参は好きなように切って、大根はいちょう切り。里芋は泥を洗い落として皮をむき、細く切って水に浸す。里芋の粘り気は生かす場合はそのままで、邪魔な場合は下湯でしておく。きぬさやは筋を取って塩ゆでし、斜め切りにしておくのが定番だ」

 いつもは寡黙なゴーズだが、このときはいつもに比べて饒舌だった。自らの故郷の思い出は、人を饒舌にするのだろうか。

「先に大根を入れ、その次に人参。里芋が最後で、絹さやは入れん。材料が柔らかくなったら弱火にして白味噌を混ぜ、すぐに餅を投入する。拙者の故郷では薄味が基本だが、濃くしたけりゃ途中でみりんや、出来上がる直前に醤油を少量加えておくといい」
「餅は焼いておくの?」
「すぐに柔らかくなるし、焼かないままだ。鰹節は具として入れるんだな」
「へぇー……」

 これだけの情報を一気に流され、果たして理解できたかどうか。一気に渡された情報量が多いため、中々処理するのは難しいかもしれない。しかしセナは、持ち前の知的好奇心を発揮して、今度はトウヤに問いかけた。

「そういえば、地方によって違うって言ったよね。トウヤ君も食べたって言ったけど、やっぱり種類は違ったの?」
「あー、違った違った。なんか知らんが、作り方覚えさせられたぞ」
「え? 覚えさせられたの? ……なんで?」
「分からん。その地方に住むことを決めたわけでもあるまいし……正直俺が聞きたいぐらいだ」
「…………」

 本当に一体、なんで覚えさせられたのやら。今思い出してもさっぱり事情の分からないトウヤだが、とりあえずと作り方を話し始める。

「えーっと、材料は里芋にしいたけ、小松菜かまぼこ、鶏肉、餅、人参、大根、ほうれん草、調味料は酒、塩、だし汁、薄口醤油にゆずの皮……」
「……トウヤさん、セナさんが伸びてます」
「……あ」

大量の材料を言ったせいか、セナの脳みそがショートしていた。トウヤは悪いと小さく笑うと、材料を整理して言い直す。後で紙に書くからと付け足すと、セナは顔を起こしてきた。

「鶏肉は食べやすい大きさで削ぎ切りにして、にんじんは皮をむいて短冊切りだ。小松菜は塩ゆでして水気を絞って三センチ幅でざく切りに。しいたけはぬるま湯に浸して戻し、軸を取り除いて適当な大きさに切っておく。ゆず皮は薄く削ぎ切りにするんだぜ」
「こっちもお餅は焼かないの?」
「いや、こっちは焼いた。ほうれん草は熱湯に入れて湯いて水を取って、粗熱が取れたら水気を切って食べやすい大きさに切り分けておく」
「あ、待ってもらえますか」
「おう?」

 トウヤの解説に、どこから取り出したのかメモを取っていたミミィが手を挙げる。

「水を取るのは色止めのためですか?」
「正解。鍋にほうれん草以外の野菜と鶏肉を入れて、沸騰したら灰汁を取る。んで、醤油と塩で味を調える。ほうれん草と餅を加えるのはそれからだな。この順番を間違えやすいから注意する……とかなんとか聞いた気がする。でもって、器に盛り付けて薄く削いだゆずの皮をのせて完成だったな」
「……本当に、どうしてそこまで完璧に覚えさせられたんですか……?」
「……知りません」

 頭を抱えて、トウヤは汁物に手をつける。と、そこでゴーズがそういえばと声を発した。

「そういえば、西の方で流行っていた雑煮も、作ってみたことがあるな」
「西?」
「ああ。大分ここらとは作風が違ってな。確か材料は昆布、焼きアゴ、ぶりに白菜、干ししいたけ、ぎんなん、うずらの卵、餅、紅白かまぼこ、かつお菜、鶏肉。あと酒、塩、醤油が適量入っていたはずだ」
「……聞いたことないのがいくつも出たな。シイタケとかはあったけど」
「ああ。かつお菜は確か、その地方の特産品だったはずだ。高菜の仲間なのだが辛みが無く、汁物を作る時にかつおのだし汁がいらないほど風味が豊かなことからこの名前が付けられたらしいぞ。別にかつおの味がするわけではないらしい」
「へぇ……」
「一応作り方を述べておくと、水に焼きアゴと昆布を入れて一晩置いてだしを取る。ぶりは一口大に切って塩を振って湯通しをする。鶏肉も同様に一口大。かつお菜は塩ゆでして灰汁を取る。ぎんなん、うずらは卵を茹でておく。その他の具は適当に切ってしまって構わなかったはずだ。その後は別段、他の雑煮と変わりは無い」
「ってことは餅はこのタイミングで煮て、調味料を混ぜてってところ?」
「ああ。違うところといえば、椀の底に餅がつかないように、かつお菜を一枚引いてから。その上に餅を置いて汁を注ぐというところだな」

 東西南北、どこの地方にも雑煮はあり。そんな食文化で育ったゴーズは、その他にもあちこちの雑煮の文化を知っていて。

「……お伺いしたいことはまだまだたくさんありますが、後は部屋でお伺いしましょう。それが終わったら、作れそうなものを作ってみます」
「……ふん。それは、楽しみだな」

ミミィの言葉にそんなことを言い残して、ゴーズは残った正月の汁物に手をつける。

朝食はもう、終わろうとしていて。

だけど彼らの正月は、まだまだ始まったばかりだった。

 


――――――――――――

新年、明けましておめでとうございます!
相変わらずまだまだ至らぬ身ですが、何卒今年もよろしくお願い申し上げます!

2015/1/1 夕凪雪

 

 
 
 
 
  
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